« 2010年9月 | トップページ | 2010年11月 »

2010年10月

2010年10月31日 (日)

Chantilly(シャンティイ)城館

 ぼくが実際に知っている範囲で最も美しいと思えるフランスの城館が、二つある。

 その一つが、Château de Chantillyで、もう一つはChâteau de Pierrefonds。
 四半世紀来のお気に入りだ。

 なのに、この二年間で、Château de Pierrefondsには何回か来訪者をご案内できたものの、Chantillyは一度外から見ただけ。

 てなことで久方ぶりに訪れてみた。
 パリから北部方向へ五十キロで、車なら一時間。電車なら半時間程度で行けるらしいが、電車で行ったことはない。

01_20101030

 何度見ても美しい。惚れ惚れする。
 周囲を堀に囲まれ、あたかも池に浮かぶ城館といった趣。

02_20101030

 ここを根城としたのは紀元前ガロ・ロマン時代に遡るらしいが、フランス革命やら何やかやで壊されては修復しの繰り返し。今の館は、日本で言えば幕末辺りに再建されたものらしい。

 少しばかり緩い坂道を上っていくと、ほどなく正面入り口に至る。

 03_2010103000021

 一番上の写真は城館の入り口から見た光景だが、一旦門をくぐって庭の方へ回ると、こんな風に見える。

 04_img2010103000026

 池には白鳥がいて、これを一緒に収めたならもっと格好いい写真になってたんだけど。

 04_2010103000028  

 起源をガロ・ロマン時代に遡る城ではあるけれど、17世紀半ばに大コンデ公がシャンティイー城大改造 に着手。後にヴェルサイユをも手がけるル・ノートルに造園を託したとか。

 このフランス式庭園はつまらなかったんで写真はパスするけど、人工的シンメトリーの庭の奥の方に運河を施すといった、ヴェルサイユ宮の庭園の一番原初的な形。(ヴォ・ル・ヴィコントも全く同じ形式を踏襲してる)。

 んで、太陽王ルイ14世が
「あんたん所にちょっと行ってみようかね」
と、そういう風に言ったのかどうかは知らんけど、とにかく絶対権力の王様が御幸なさるというので、大コンテ公は張り切って、莫大な借金をものともせず饗宴を準備したそうな。

 その饗宴一切を任されたのがフランソワ・ヴァテールなるお方で、当時料理人の鏡とよばれたらしいが、creme Chantillyは彼の創作。生クリームの代わりにメレンゲを使ったんだとか。

 中に入れば、これは城館と言うより、もはや美術館。

 入り口の案内で聞いてみたら、フラッシュさえ焚かなければ内部の写真撮影はOKとのこと。脚立を構えて熱心に写真撮影しているおねえちゃんがいた。

 05_2010103000014

 オマール公アンリオルレアンなるお方が1846年に本館の再建に取り組んだけど、その後20年ばかし亡命生活を余儀なくされ、それでもその間に美術品収集を怠らなかったというところが、凄い。1871年に帰国を許され、それらの収集品をこの城館に展示した。

 遺言書に、これらのコレクションを外部に貸与しちゃダメ、展示方法を変更しちゃダメと書かれていたので、これらの絵画はその当時のまま展示されてるのだとか。

 無造作に展示されてる美術品、その数たるや半端じゃない。

 06_2010103000016

 公式HPによると、絵画点数は一千、デッサンと版画は二千五百、蔵書三万点だとか。07_2010103000019

 この書斎、写真では分かりにくいが、右側にも同じような本棚があり、もう目も眩むような書籍の数。

 四半世紀前に初めてこの書庫を見た時、溜息が出た。
 全部読めなくてもいい、これだけの書籍に囲まれる生活の羨ましさといったら。

 この館にはかつて陶磁器工場もあり、「柿右衛門の赤」も見事に再現している。中国や日本の陶磁器の完全コピーが目的だったらしい。
 文化の発展というものには、このような「旦那」が必要なのだ。

 この城館を賞賛しているくせに、実はこれまで庭園を散策したことはなかった。庭なんか見たってしようがないだろう、って思ったのは、若気の至りだったんだろう。

 だから、庭は今回が初めて。
 フランス式庭園の方はちょっと眺めただけで、英国風庭園の方へ。

08__2010103000032

 紅葉が美しい。一番良い季節に来たのかもしれない。

 アカシアの 金と赤とが 散るぞえな ・・・

 なんて詩の一節をふと思い出してしまう。中学生の時分に読んだ北原白秋だが、我ながら良く覚えているもんだ。
 「かはたれ」という言葉は、この詩で覚えた。もっとも、以来、この単語にお目に掛かったことはないのだが。

09__2010103000033

 日没に近い秋の光の中で、昨日の雨でいくらか足下の悪い中、ゆっくりゆっくり歩きながら、ベビーカー連れの家族を遠目に見て思わず笑みがこぼれた自分をふと顧み、そんな心情はやっぱり年輪のせいなのか、いや、お陰なのかと考えてしまうのは、埒もないこと。

 この庭園、「愛の島」と名付けられた場所がある。行ってみたら、こんな像があった。

10__2010103000029

 彫刻像にくっついているのはマロニエの葉。
 誰かが親切にも、イチジクの葉の代わりに付けてあげたんだろうが、ずれてしまってるので、なんだか却って強調しているような・・・

 この彫刻の向かい、写真を撮ったぼくの背中の方向に、ヴィーナスの彫像がある。

11_2010103000034

 すぐ近くに大きな厩舎と、広い競馬場があるけど、今回は行かなかった。

 この城館、好きな人ならたっぷり半日は過ごせる場所だと思う。

 入場料の12ユーロは、高くはない。トイレもきれいだったしね。

 また来よう。

| | コメント (0)

2010年10月27日 (水)

カセットWalkaman生産中止

 今日、フランスでも繰り返し報道されてた。

 コメンテータも、懐かしそうに語ってた。

 良くも悪しくも、一つの時代を切り開いた機器。

 これを機会に、「個の時代」が始まったと言っても良い。

 でも、テクノロジーに功罪はない。

 使う人間次第。

| | コメント (0)

2010年10月26日 (火)

スト・・・年金改革法 その3

 精油所封鎖に対しては漸く解除命令が出て、武装警官が精油所を封鎖している連中を排除し始めた。一気にというわけにはいかず、正常化には今週一杯掛かりそうとのこと。

 マルセイユで二週間続いた清掃サービスのストも、今日になってようやくスト終了アナウンス。路上に山のように積まれたゴミを見れば、これ以上続けると、労組が民衆から敵視されることになるのは必至だからね。

 けど、ね、ゴミ収集車が来ないのに、どんどんゴミを路上に捨てていく連中も、どんなもんかなあ。フランス人てのは、ホントにヒトのこと考えない連中だ。

 さて、過激にストを扇動したsyndicatは、どう矛先を収めるつもりだろう。

 今回のストを見てて、ぼくらは全てを他人に頼って生きてるんだということに、あらためて気付かされた。

 当たり前のように享受しているいろんなサービスの一つでも欠けると、とたんに何もできなくなる。

 ただ、でも、この国の人々は、そうなっても何とか自力でやっていく智恵がありそうな気がする。
 肩をすくめて「セ・ラ・ヴィ」とかなんとか言いながら。






 

| | コメント (0)

2010年10月23日 (土)

スト・・・年金改革法 その2

 「無期限」を旗印にした今回のストの主体は、交通機関。
 ま、いつものことですな。

 フランス新幹線網のTGVは半分くらいしか走ってないし、地下鉄やRER(高速郊外線)も混乱しているのは、ある意味当然なんだけど、今回凄いのは、燃料備蓄基地への封鎖。

 この一週間というもの燃料が全く配給されないので、フランス全土の給油所の三分の一でタンクが空っぽに。

 一番強硬にストを扇動しているのはCGTという労組で、フランス最大手のTOTALという石油会社精油所で燃料搬出阻止のストしてやがる。フランス全土の燃料の供給根元が閉められた様相で、ストに至っていないESSO系などは燃料供給を続けてはいるが、所詮マイナー。

 燃料がない、即ち輸送トラックの運行に支障が出そうなので、十日分の食料を買い込んだという人もいて、これは笑えない。多分過去に、そういう目に遭ったのだろう。

 救急車や消防車への給油は確保されているのだろうが、それでも、いつも我が物顔で走り回っているパトカーの姿を、この一週間、見かけることが殆ど無かった。
 あいつら、やっぱり、用もないのにサイレン鳴らして走ってたんだ。

 ちょっと興味深かったのは、この一週間というもの、通勤途上の高速道路では、あまり無茶な運転が見られなかったということ。

 急加速しながら複数車線を斜めに跨いで走っていく奴らが、この一週間はあまりいなかった。
 いなかったどころか、今日なんて、時速110キロで走っても良い道を、静々と90キロで走ってる車の何と多かったことか。

 皆、「経済速度」を遵守してたんだね。

 車の絶対数もこの一週間は少なかったし、アホみたいな運転する奴も減ったし。
 CO2削減とか、交通事故防止とか叫ぶなら、車の燃料代を10倍位にすれば直ぐに達成できそう。

 それに付随する経済的インパクトとどう向き合うかは考察外。悪しからず。

| | コメント (0)

2010年10月19日 (火)

スト・・・年金改革法

 年金満額支給開始の年齢を現在の65才から67才に二年遅らせるという案を初めとした年金改革法案に反対する大きな動きが続いている。

 一回目のストがあったのは9月23日で、それでも議案は下院を通過し、以来、法案成立を阻止すべく、断続的にストが続いている。

 今日も鉄道は半分くらいが運休。航空便も近場の瓶を中心に半分くらい決行するのが常だが、今日は空の足は問題なかったらしい。交通機関のストは明日も予定されている。

 学生までもがデモやストに参加。60カ所の高校が閉鎖。学生により封鎖された学校もあれば、学生を入れないよう学校側で封鎖した所もある。

 長期に渡る精油所のストが響いて、遂にフランス全土の給油所の在庫が底をつき始めた。トラック運送がままならなくなれば、経済的打撃は大きくなる。燃料が高騰し始めた。

 しかし、まあ、syndicat(労組)という奴は。また、その尻馬に乗っている連中も、なあ。

 フランスでは、ストは正当な意思表示として認められている。それはだいぶ分かってきた。カタチは民主主義だが、この国では相変わらず支配者階層と被支配者階層が明確に分かれている。国王の圧政を民衆が倒してできた共和制がこの国の源流なのだから、権力者に対する示威行動容認は国是とも言えよう。だから、道路の封鎖なんて無茶なことも受容されるのだ。

 さて、その「農民の意思表示」だが、デモやストに参加している連中は自分たちの意思表示をしているつもりでいながら、結局の所syndicatに操られ、その支配下にあるということに気付いていないようだ。

 syndicatなんて国家運営に責任を持たなくて良いので、気楽なモンだ。昔の社会党みたいなものか。民衆を煽って組織を拡大し、そこから集めた寺銭でのうのうと暮らしている奴らがいるということに気付くべきだろう。

 そうは言いながら、syndicatが無くなると、この国では支配者層が圧政を極めて行くであろうことは想像に難くないというのも、また一面の事実ではある。



| | コメント (0)

2010年10月16日 (土)

Boris Berezovsky

 9月18日に La Salle Pleyel へ行ったことを書き漏らしていた。

 とりたててどっちゅうことはなかったけど、取り敢えずということで。

 演し物は、
Franz Schubert    Wanderer - Fantaisie en ut majeur D 760, op. 15
Serguei Rachmaninov     Six Moments musicaux op. 16 (extraits) Moments 2, 4, 5, 6
Nikolai Medtner     Sonate op. 25 n° 2 "Le Vent nocturne"

 10ユーロのバルコン2階席(建物で言えば3階・・・日本で言うと4階。ややこしいか?)
 端っこの席でちょっと残念な気がしてたのだが、空席が多い。午後八時で入場を一旦締めた後、案内係が空いてる席へ移ってもいいよというので、中央部へ移動。

 このピアニスト、名前を聞いたことがあるかもしれないが・・・程度。
 熊のベレゾフスキーと呼ばれているそうで、体は大きい。

 達者な演奏。指も強い。音の一つ一つがくっきり。どんな和音でも、全ての音が立っている。
 嵐のような、或いは早いパッセージは聴き応えがあるが、全体的に纏まりを感じることができず、音に色彩を感じられない。殆ど感情を押し殺しているような演奏。

 感情表現ができないのかなと訝ったが、最後の曲ではぼやけた音も甘い音も出していたので、テクニックは充分にあるようだ。
 リヒテルに似ているのかもしれない。といっても、語れるほどリヒテルを知ってるわけではないけどね。

 拍手に応え五回も舞台へ再び出てきながら、アンコール演奏は遂にしなかった。ぼくとしては特に追加演奏を聞きたくもなかったので、それはそれで別に構わない。

 それより、あのお定まりの、何度も演奏者を呼び出す拍手って、どうにかならんかなあ。しつこくて嫌いだ。

| | コメント (0)

2010年10月15日 (金)

Paavo Jarvi+Vadim Repin+Orchestre de Paris

 Salle Pleyelに足を運んでみた。

 演し物は、

    * Paul Dukas             L'Apprenti sorcier
    * Dmitri Chostakovitch    Concerto pour violon n°1
    * Serguei Rachmaninov  Symphonie n° 2

 指揮者のPaavo Jarviって初めてだけど、「なんじゃ、こりゃあ!?」もん。ひっくり返りそうになった。全然知らんお方だが、1962年Tallinn生まれのエストニア人らしい。

 なんつーか、メリハリが見事に、ない。ヌペーっとした演奏。場末の酒場で演歌のカラオケを歌っているオヤジと同断。自己陶酔して指揮棒をくるくる円状に回しているだけ。オケがタイミングを計れるはずもない。気の毒に。

 プログラム一番目の「魔法使いの弟子」なんて、音大の学生でもこの程度はやれるんじゃない?

 ショスタコービッチのバイオリン協奏曲のオケ・パートは、目も当てられない。

 パリ管がよくも辛抱して演ってるもんだ。振れもしないのに、こんな曲演るんじゃねぇ!途中で居眠りしてしまった。

 Repinの演奏、三度目にしてようやく繊細な音を聞ける場所に陣取れたのに、がっくり。

 最後の部分でもの凄く速いパッセージを、Repinは音色の破綻なくエネルギッシュに美しく弾きあげた。

 それが、もともとそういう曲想だったのか、Repinが「ここは一丁、オレが頑張らんといかん」と思ったのでそうなったのかどうか。
 でも、そーじゃないかなーと思ってしまっても、それはあながち勘違いではない。

 最後の演し物、ラフマニノフの交響曲第2番、もう、勘弁してよ!

 あんた、フレージングって、知ってる?と尻を突きたくなる。
 それまで輪投げみたいにくるくる指揮棒を振り回してたくせに、フォルテシモの所だけ突然、初心者みたいに指揮棒を上下に鋭角にふってみたりしても、メリハリがないから、単純にでかい音になってるだけじゃないか。

 途中で席を蹴って帰りたくなった。実際、帰って行った奴が二、三人いた。

 ぼくの前に座ってる奴は、ブラックベリをしょっちゅう引っ張り出してメールチェックしてたもんな。スクリーンが光るので気になって腹が立ったとは言え、気持ちはよく分かる。

 なんぼRepinが、たった一曲頑張ってくれたとしても、入場料の45ユーロは、間違いなくぼったくりだ。こんな指揮者を引っ張ってきたSalle Pleyelの猛省を促したい気持ちで一杯。


| | コメント (0)

2010年10月 4日 (月)

風邪ひいた

 鼻水が出て、苦しい。あたまがぼんやり(いつもより)。

 土曜か日曜に、幾らか汗をかき、それが冷えたんだろうか。

 そんなにひどくはないが、四半世紀前にインフルエンザらしきものに罹り、身体が全く動かなくなったのを思い出した。

 あんときゃ、本当にこのまま干涸らびて死んでしまうかもしれないと思った。でも、どうしたものかとぼんやり考えながらも、死ぬことへの恐怖感は、不思議な程無かった。

| | コメント (0)

2010年10月 1日 (金)

マクドナルドのハンバーガーとディズニーランド

 1980年代半ばだったと思う、マクドナルドがパリに進出してきたのは。

 当時、識者はこぞって、こんなジャンクフードはフランス文化に似合わないし、受け入れもされないだろうと叫んでいた。ぼくもそう思っていた。

 フランスは安手の大衆食堂だって、ちゃんと前菜と主食に分かれて出てくるお国柄だし、味にもうるさい。そんな国で、あんなちゃらちゃらしたハンバーガーなんぞがはやるわけ無いと思ってた。
 四半世紀前、会社からそう遠くない所にできたマックで昼食を済ませたことも何度かあったけど、もともと好きではないので、すぐにやめた。

 パリ郊外へのディズニーランド計画が具体化したのも、80年代。
 これも、識者はこぞって「フランスにはそぐわない」の大合唱だったし、その完成を見ないままにぼくは帰日したけど、フランス人がそんなとこに遊びに行くわけないよな、彼らは自然との遊び方を知っているんだから、と思ってた。

 ところが今は、どうだろう。

 マクドナルドは至る所に店を並べ、ディズニーランドも建て直しが功を奏したらしく、集客状況は悪くないようで、シャンゼリゼ通りにディズニーグッズ店が開店する始末。

 この国の人々は、もっとしっかりしていると思ってたんだけどな。
 ちょっとがっかり。

 それとも、易きに流れる演出が実に素晴らしいアメリカ方式を賛美するべきなのだろうか。

| | コメント (0)

« 2010年9月 | トップページ | 2010年11月 »