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2011年9月27日 (火)

今はディズニーランド・パリと呼ぶらしい

 東京(千葉)ディズニーランドにさえ行ったことがないのに、フランスのディズニーランドへ行くことになってしまった。

 フランスにユーロ・ディズニーをという話は1980年代半ばに持ち上がり、ぼくが前回赴任時に離仏した翌88年から建設が始まった。

 だからぼくは、ずっと「ユーロディズニー」だと思っていたのだが、1992年開園当初こそ「ユーロディズニー」を名乗っていたものの、今ではユーロではなくパリの名を冠している。

 八十年代半ば当時、フランスではユーロディズニーは失敗すること必定との評判しきりだった。

 フランス人は自ら遊ぶのであって、カネを払って遊ばせて「もらう」感覚はないという論調だった。ぼくもそうだろうと思ってた。実際、ユーロディズニーは経営危機に陥ったことがあるらしい。

 八十年半ばと言えば、マクドナルドのハンバーガーがパリに進出した年代でもあった。
 これも、前評判は、「フランス人は食事がどういうものか知っている。あんな、文化のかけらほどもないものを選ぶわけない」というものだった。結果は周知の通り。

 パリ・ディズニーがあるのはマルヌ・ラ・ヴァレという地域で、正確に言えば、パリを広義に規定する「大パリ」にすら入っていない。パリから東へ電車で一時間くらいだから、大阪で言うなら名張あたりの感覚。
 けど、千葉県にあっても「東京ディズニーランド」と言うんだから、それはそれで目くじらを立てることもなかろう。「東京国際空港」然り。

 因みに、このディズニーランドはパリから郊外高速線RER一本で行ける。
 「Marne-la-Vallée」という駅を降りれば、そこは既にディズニーランド・パリの入口。

 さて、「ランド」に到着したのは午後四時過ぎ。
 車のゲート口はこんな風。

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日本では夜十時まで開園してるらしいが、ここではディズニースタジオは午後六時、その他の施設は午後七時でおしまい。

 何があるのかなーも調べとらんかったけれど、絶叫マシン三連チャンを経験することと相成った。

 下の写真は、タワーオブテラー。

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 座席に座る前にいろんな能書きを聞かされたけど、要は、座った座席が急上昇・急降下するというもの。
 フリー・フォールの時間は一秒あるかないか程度。とはいえ、重力のなくなる感覚というのは、あまり気色の良いものではない。フッと体が浮いてズッという感じで急ブレーキが掛かる。このブレーキシステムのタイミングは良くできている。それでも尻が痛かった。それが何度か繰り返される。

 ロックンロール・コースターは、螺旋回転が入るジェットコースター。建物の中で、暗闇にちかちか点滅する明かりがウリなんだろうか。
 ぐりぐり急旋回するので、首が痛くなった。

 クラッシュ・コースター。これは秀逸。二人掛けの席が背中合わせに誂えてある四人乗りのカート。
 出発して急上昇するとき、後部座席の二人はどうなるのかまるで分からない。動き出してすぐに、後ろの座席では「怖いヨー!!行き先が見えないヨー!!!」と絶叫していた。

 途中でカートが回転するので、座席の前後が入れ替わる。出発時は前向きだったぼくの座席が後ろに回転した。

 おぉ、確かに、行く先が分からぬまま背中越しに引っ張り上げられていくのは、もう、なんか「命、預けます」感覚だ。

 一時間半でこれだけ回れれば、まあ、ええかな。

 何があるやら分からんまま、「パーク」へ。

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 分かる人には、これが何の城だか分かるらしいが、ぼくにはさっぱり。

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 ステージで何やら沢山踊ってた。さすがにうまいもんだ。「らしい」形で踊ってる。

 ぼくはディズニーフリークでもないから、別にどうという感慨もない。そこそこ大きな遊園地だなという程度の感覚。好きな人は好きなんだろうけど。

 最後にオマケ。一般入園者が消えた後の「ランド」。

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 補遺はこちら

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