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2011年10月13日 (木)

Lille リールその2 美術館で、eureka!

 リールにも美術館がある。

 「にも」なんて言っちゃいけない。この街には大学も沢山ある。政治学院Sciences-Poリール校だってある。文化に優れた街なのだ。

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 何があるかも知らず ひょいと入ってみた。
 展示に際して何かしらテーマがあったはずだが、覚えてない。
 と言うより、気にもしなかった。所詮行き当たりばったり。
 旅は人生の縮図と言うが、なるほどオレはそんなヤツとヘンなところで納得してしまうなあ。

 皿や壺といった陶器類、ケバイものからシックなものまでいろいろ取り混ぜて展示してある。

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 しかしまあ、なんじゃ、こりゃ?モンも目に付いた。
 こんなもんでお茶飲みたいか?

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 水瓶というのは、多分どこの国にでも似たようなものがあっただろう。
 けど、壺とか瓶は液体の保存には威力を発揮するが、いざそれを飲もうとする段になると、ちと面倒。
 そこに蛇口を付ければ栓をひねるだけで水が出てくるという発想は、あって当然。

 でも、本体が単なる壺の恰好じゃ面白くないからと人間を形取り、挙げ句、こんなものに仕立てあげてしまう発想は、よー分からん。
 先っぽから出てくるのが水ならともかく、赤ワインとかビールだった日にゃ・・・

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 彫刻の並べてある部屋へ入ると、いきなりなまめかしい彫刻に迎えられた。
 写真で人が立っている方が通路で、大抵皆、ちょっとだけこれを眺めて「つまんねーなー」という面持ちで先へ進む。
 が、反対側に回ってみると、これがとんでもない代物だということが分かってしまった。
 一体どんな奴がどんな顔して、こんなもんをコツコツと彫り上げたんだろう。

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 唯一タイトルを記憶している彫刻が、これ。

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 題して 「悶えるクレオパトラ」。

 彼女が思いを込めている相手はカエサルか、はたまたアントニウスであるか。
 思わず見惚れてしまった。

       │││││            ミ,
       ∧∧∧∧∧∧     ∧_∧ ミミ
       | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|     (・∀・ ) ミミ
       |     1000t   |======と===と===◎
       |______|      (_)ヽヽ
       ∨∨∨∨∨∨        (_)
       ∵从( ゚∀゚)从。←>>1
       と___つつ

 二階に上がると、そこは絵画展示室。シャガールやブリューゲルの絵が並ぶ。

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 こんなんもあるぞ。そう珍しいものではない。あちこちでしょっちゅう目にする。題材は神話だというのだが・・・

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 こんな絵まで堂々と陳列されてる。

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 これはもう、どうにも風紀違反だろうがと思いつつ、ふと思い出したのが、これ。
 絵は覚えていたけどタイトルが分からず、webで漸く見付けた。残念ながらタイトルは不明。

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 まさか、年端もいかぬ頑是無い少女と青年のブランコ遊びと見る人はさすがにいないだろう。なんとなくヤラシイ雰囲気は誰しも感じるだろうが、「なんとなく」なんてヤワなモンじゃない。

 この絵のキモは、脱げた靴にある。

 日本人が靴を脱ぐのになんの躊躇もないが、西洋人は、

 ふつー、人前で靴は脱がん。

 それが何を暗喩しているのかは、この青年の反応に現れている。

 とまあ、この絵はそういうものなのである。

 まぁね、そーゆーもんだよね、で終わってはつまらない。

 こんな絵を描く画家風情、まさか自分の趣味だけで描いてるわけもなかろう。注文があって描いたはず。

 てことは、こーゆー絵画を発注したやんごとなきお方がいてはるということで、それは一体どのような・・・

 西欧絵画礼賛の欺瞞、ゲージツと呼ばれているものの多くが、実はエロと殺戮に充ち満ちているってことに、今更ながら思いが至る。

 ヨーロッパの絵って、スケベが基本なんじゃないかと思った走りが、記憶はあやふやだけど、ボッチチェリの「ヴィーナスの誕生」を初めて見たときだったような気がする。

 同じ題材で、カバネルはこんな絵を描いてる(これもwebからのパクリ)。

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 背景全部取っ払って、この情景を寝室に置き換えてみるがいい。

 殺戮の方は、概ね「聖書のお話し」に多い。あちこちの教会にあるレリーフや絵画には、戦争、殺戮の場面がごろごろ転がってる。

 そういう文脈で見るなら、「大天使ミカエルが悪魔をやっつける場面」だって、結局殺戮じゃないか。相手が「悪魔」だから、殺戮は正当化される。

 よって、相手を「悪魔である」と定義づけてしまえば、或いは、「人間ではない」と認定してしまえば、これを抹殺するのになんの躊躇もいらない。一時期の米国での黒人がそうであり、引いてはyellow monkeyもその範疇に入っていた。

 キリスト教が欧州を制覇できたのは、戦争で領土を拡大していく過程に於いて、殺戮抹殺を正当化してくれた故ではなかったのか。

 キリスト教というものがそういうものだとまで断言するのではない。
 それを「便利な道具」として使えることを発見し、利用してきた奴らが居たのだと言っているだけ。誤解のないように。

 そんな風に、これまでもやもやしていた考えを整理するきっかけを与えてくれたリール美術館。

 御礼申し上げるかな。

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