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2011年10月27日 (木)

お葬式 ボルドーにて

 ネズミ色の薄い雲をくぐり抜けた飛行機がボルドー空港に着陸した。

 サテライトへ向け走る機体に、ひと筋、ふた筋と、雨が走り始めた。珍しく気象予報が的中したようだ。

 手元の鞄の中にある傘は出さぬまま、やっぱりコートを持ってきた方が良かったかなと思いつつ、少し首をすくめながら空港ターミナルを出た。

 気温は18℃前後だろう。寒くはない。

 ボルドー市郊外へと走った車が辿り着いた先は、敷地に墓が並ぶ小さな教会だった。
 教会の入口には、故人を偲んで贈られた花束が並んでいた。

 既に教会の中の祭壇前座席に座っている人たちも何人かはいたが、大半の参列者は外で傘をさして神父の到着を待っていた。

 定刻に儀式は始まった。
 それをミサと呼んでよいのかどうか、不勉強で、知らない。

 祭壇にいるのは神父とその助手だけである。白木の祭壇みたいな余分な飾り付けは一切ない。

 神父の前に棺が置かれた。

 神父は勿論袈裟を羽織ってはいるが、そのロング・コートのような袈裟の足下から見えたのは、普段履きのズボンと少し草臥れた靴だった。助手はセーター姿だった。

 助手の役目は、神父が必要とする祭具を持ってくるほか、場面場面に合わせた音楽を流すことであった。CDをプレーヤーに入れて音楽を流し、頃合いを見計らっては、ボリュームを落として次のCDに入れ替えてた。
 皆が見ている前で民生用再生機器にCDを出し入れする姿は、申し訳ないが、なにかしら滑稽にも見えた。

 神父は時々、お説教の途中で参列者を立たせ、賛美歌の一節を歌わせた。参列者の手元には歌詞カードなんてものはなかったが、皆その一節一節をちゃんと斉唱していた。

 なるほど、参加意識を高めるのに、こういう方法もあるのだ。

 キリスト教というのは、単純に「優れた宗教」として広がったのではない。教会側でもそれなりに方法論というものを開発してきたのだと、深く思い知った。

 参列する前に知り合いから、黒ネクタイ必須、スーツに派手な色があってはダメと聞かされていたが、参列者の服装は思い思いであった。Gパンで来てるヤツも居た。

 親族らしきオバハンが、ラメ入りアイシャドーで腰にぴかぴか光る安手の鎖をぶら下げていたのには、ちょっと魂消たけど。

 儀式が終わり、棺が外へと担ぎ出された。

 その時のBGMが英語歌詞のゴスペルだったのに、なんだかひっくり返りそうになった。

 未亡人は教会の外に立ち、親しかった知人参列者達と、bizou(互いの頬をくっつけて、チュッチュッと音を出すキスの真似事)しながら、手短に次々と言葉を交わしていた。
 ただただ涙に暮れる日本とは、随分様子が違う。

 皆が挨拶を終わるのを待って、ぼくは未亡人に近付き、名乗った。
 彼女はまっすぐぼくを見つめて言った。「初めてお目に掛かるのが、こんな時なんて」。

 握手だけした。ぼくにbizouする資格はなかったから。

 雨脚がほんの少し強まってきた。これは聖水、なのだろう。

 棺を載せた車が、斎場へ向かって走り出した。

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