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2011年12月30日 (金)

フランス人気質、陰険で差別的?

 ちょいちょいお邪魔させてもらってるblogに、こうあった。

フランス人が明るいなんて聞いたことがない。私が聞いたフランス人のステレオタイプは「陰険」「アメリカ人以上に差別的」。

 その後に、「ただしこれが当たっているのかどうかはフランス人との付き合いがまったくないのでわからない。」と続いている。

 「フランス人」の正しい定義は、さて置こう。海外領土や旧アフリカ植民地からの移民、そして、既にフランス国民の二割を占めるイスラム教徒は含まないという、あくまでも一般日本人の直感的感覚に拠るものということで。

 概括的に言えば、「開けっぴろげで朗らか」とは言えないだろうというのが、率直な感想。

 勿論、ぼくの付き合いの範囲は、どちらかと言えば中級以下の層が多いので、やんごとなき上層エスタブリッシュメント層のことは知らない。

 そういう狭い範囲の付き合いの中で共通して感じるのは、彼らは常に距離を測っているということである。

 フランス人のルーツとされるのがガリア族、フランス語で言えば、ゴール族。ド・ゴール主義のゴールだが、その昔は蛮族であったに過ぎない。

 その蛮族がローマ帝国に占領してもらったお陰で、ローマ文化が流れ込んできた。その後戦争と殺戮による領土の奪い合いの結果、最終的に今の領地を確保して国境線が定まった。

 「フランス」という国名の由来となったフランク族をフランス人がどう見ているのか、すまんがその辺りは知らない。フランク族は、ライン川、今のドイツに由来する種族。

 白人種族に於いて、権益確保のための武力行使に大きな躊躇いはない。なんやかやと言い掛かりを付けて今でも侵略戦争を行っているアメリカだけではなく、フランスだってアルジェリアで独立阻止のための戦争・虐殺を行っただけでなく、つい先頃もチュニジアに軍を派遣した。アジアでは中国がそれに倣おうとしている。

 ほんのつい先日、フランスがトルコのアルメニア人虐殺問題を取り上げた。これに対してトルコが、「そんなこと言うても、お前らかてアルジェリアで虐殺やったやんけ!」と言ったら、サルコジは、「そんなん、爺っちゃんらのやったことは知らん」としらを切った。

 見事である。外交というものは、こうあらねばならない。

 内政はどうであったかと言えば、フランス革命後、ロベスピエールの恐怖政治、テルミドールの反動を経てナポレオンを迎え、漸く落ち着くことになる。

 ちょっと面白いので序でに書いとくと、近世のフランスの死刑は、斧で首を切り落としたり車裂きの刑だったのだが、これは非人道的だとしてギロチンが考案されたのがフランス革命の直前。考案時の三日月型の刃の形状を現在知られている形にするようアドバイスしたのは、ルイ16世とされる。南無。

 フランス国家というのは、そういう歴史を経てきている。

 自分の目の前に居る者が、敵なのか味方なのか、見極めなければならない。(統治する者、される者という面が別にあるが、長くなるので書かない)

 相互に見極めるための意思疎通唯一の手段jは、コトバである。(オトコとオンナの卑俗的、いえ、高貴な関係には別の手段がないわけではないが)

 よって、意思疎通ができない相手に対して警戒する姿勢がフランス人の根底にあるのではないかと思うのである。

 いや、それは何もフランス人に限ったことではなく、多分世界共通だろう。

 幸か不幸か、フランスは長らく欧州文化の中心であり 他の言語を習得する必要がなかった。だから、彼らにとっての意思疎通の手段はフランス語のみで良かった時期が長かった。

 フランス人はお高くとまって、英語はできても喋ってやらないという説が昔流布していたが、少数の例外を除き、それはウソである。昔は英語ができる奴は本当に少なかったのだ。多少できたとしても、それはぼくの英語能力とどっこい程度だった。

 理由は簡単で、昔、成績の良い生徒が学ぶ第一外国語はドイツ語だったからだ。四半世紀くらい前からだんだん英語を第一外国語として学ぶ傾向が出てきたらしい。それでも、日本のように「先ず英語ありき」ではない。生徒は今でも、第一外国語を自分で選択できる。

 そういうわけで、コトバの不自由な旅行者がフランスで疎外感を味わったとしても、驚くには当たらない。殊にパリではその傾向が強い。パリというのは東京と同じく、(軽蔑語としての)田舎モンの集まりなのである。

 「差別観」の方は、米国と比べてどうなのか、ぼくは米国の本当の事情を知らないから何とも言えない。

 「黒人」という意味合いではなく、「アフリカからの移民」に対しての差別観は、あるように見える。それは、コトバをうまく操れない僕らに対する疎外とは、ちょっと別物だ。

 ユダヤ人に対する毛嫌い感は、これも多分にあるように感じている。ファッションの世界で知らぬ者は誰一人いないという超有名デザイナーが、ユダヤ人侮蔑発言で失脚した事件は記憶に新しい。
 日本人に対する偏見が少なくとも一部には確実にあるということは、以前書いた。

 と、まあ、一方的に書いてしまったが、こちらは無邪気なつもりでも、フランス人側から見ると不明=不気味な面を、ぼくらは持っているようだということも、併せ承知しておかねばならないだろう。

 捕捉


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