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2012年3月31日 (土)

パリの歯医者さん

 四半世紀前のある日、最も恐れていたことが遂に起こった。

 歯痛に襲われたのだ。

 この国で歯医者にだけは行きたくなかった。コトバがあやふやだし、何より、この国ではすぐに「抜きましょう」と言われると聞いていたから。

 近所の歯医者に連絡したら、一ヶ月後の予約になると言う。

 あのね、わし、今、歯が痛いの。一ヶ月も待てんと言っても聞く耳持たず。その時はしかも、三日後に英国出張が控えていた。痛み止めの応急処置だけでもして欲しいと言うと、だったら英国で治療する方が良いよ、無料だし、と言う。いや、だから、歯が痛いのは今や、ゆーてんねん!

 埒があかんので社員に頼んでごり押ししてもらい、漸く翌日治療に漕ぎ着けた。その夜は一晩中痛みで眠れなかった。

 医院はアパートの中にある。一般居住宅と全く同じような扉を開いて入ったら、ひろーい部屋に治療用の椅子が一つだけ。
 その中には女医が一人ぽつねんといるだけで、他には誰もいない。順番を待っている患者も居ない。

 自分は来るべき場所を間違えたのではないかと訝った。日本で見慣れている歯科医院の光景とは、似ても似つかない。

 治療椅子に座ると、「抜きましょう」との、お約束通りの御託宣。いや、それは勘弁してと、詳しい経緯は忘れたが、どうにか抜かずに済ませることができた。

 歯医者通いでは人後に劣らぬつもりのぼくだが、治療用の歯科ドリル類は、見たこともない随分格好の良いものがコンソールに並んでいた。当時余程感心したのだろう、物覚えの悪いぼくなのに、今でも朧気ながらその器具類を思い出せる。

 器具類は立派だったが、この歯科医の腕前はもう一つだった。

 歯医者は大工仕事みたいなもんだと、昔、弟が喝破したことがあった。削ったり埋めたり。なるほど、言い得て妙だと感心した。

 この女医、比較的若い方だった。ゴリゴリやる場面でなかなか力が入らず、難儀していた。歯科患者のプロであるぼくは、治療の間中ずっと危ぶんでいた。
 そして、最終的に歯が壊されたら、それはそれでしゃーないわなと、ある程度の覚悟はしていた。

 仕上がり具合までは自分で確かめられないが、ともかく治療は一応無事に終わったようだった。小一時間位かかったろうか。

 治療が済んで、どこで会計をすればよいのかちょっと戸惑っていたら、その女医がカウンターへぼくを導いた。

 医者自ら電卓を叩いて会計をするのである。

 待合室では十人以上の人間が手持ち無沙汰に時間を潰し、治療室に入ればリクライニングの椅子が五脚も六脚も並んで、看護婦がうろうろたむろし、受付ではヒマそうにしてるオバハンやおねーちゃんが会計する日本の風景にすっかり毒されてしまっていた身には、この風景は殆どカルチャーショックだった。

 以上は、パリの東郊外、Noisy-Le-Grandという街に住んでいた頃のことである。

 前振りのつもりが、ちと長くなってしまった。草臥れたので、パリ市内の歯医者さんの話はまた今度。

 

 

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