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2012年6月11日 (月)

帰国準備・・・アパート引き払い etat des lieux

 部屋を家主に返す日が来た。

 賃貸物件を借りるときと返すとき、賃借契約書を手に、etat des lieux 物件確認作業, を行う。

 物件に破損はないか、汚れはないか等々の確認作業を大家と店子双方立ち会いの下に行い、最後に双方確認書に署名した後、借りるときには部屋の鍵をそこでもらい、引き払うときには返すことになる。

 通常一時間くらい、長くても二時間は掛からない。
 だから、午後一時半に開始し、それが終わってから土産物でも買いに行こうと思っていた。五月のことだ。日は長い。店は七時まで開いている。

 賃貸アパートは通常不動産業者が仲介に入っているものだが、ぼくが借りていた部屋は持ち主との相対取引だった。

 家主は、同じアパートの同じ階に自分の住む部屋を別に持っているばかりでなく、ブルターニュとトルコにも家を持つという、裕福な、ぼくよりも年配のご婦人だった。パリにいることは少なく、一年の半分はトルコで暮らしている。

 この日になって初めて知ったのだが、彼女はイタリア人。外務省で仕事をしていたらしい。

 アパートを出る段階になって何だかんだと難癖を付け、保証金を返そうとしない性悪不動産屋は珍しくないようだけど、この大家はそうがっついたタイプではないので、その点は安心だった。

 最初はさっさと確認作業が進み、これなら一時間もかからないと思ったのだが・・・

 実は備品を一つ壊していた。切れ込み細工のある、分厚い大きなガラス板を割ってしまっていたのだ。
 そのことはあらかじめ大家に告げてあった。退去までに同じものをあつらえて交換しておく予定だった。

 近所にあるホームセンター、ルロワメルランに同じ形状加工のガラスを発注していたのだが、三週間経って未だに見積もりすら来ない。

 この間、進展確認のために二度電話し、二度受付に直接出向いたが、工場が連休で見積もりが来ないんよ「rien a faire どうしようもないね」と、ぼくの注文を受け付けたはずの黒人は、涼しい顔をしていた。誠実さはかけらほども見受けられなかった。

 大家にそれまでの経緯を述べ、本日までに見積もりすらとれなかったのはぼくの責任だから、言い値で小切手を切る、幾らでもかまわないから多めに言ってくれと告げると、彼女は今から一緒にルロワへ行こうと言い出した。

 白人のおばちゃんが一緒だったせいなのかどうかは知らないが、その担当の黒人は当方を見かけるとそわそわして、電話をし出した。今までそのような素振りは一度も見せたことがなかった。
 そして、「見積もりが出たところだ」と言った。

 そうかい、今日になって、しかも今ちょうど、ねえ。実にありがたい話だよ。

 見積もり額は460ユーロくらいだったか。家主が昔発注したときは三百ユーロしなかったと言っていた。

 とにかく見積額分の小切手を家主宛に振り出し、現物は後日ガラス加工終了後、家主に引き取ってもらうことにした。

 その後、一年遅れで来る住民税のことであーだこーだと時間が掛かり(これはおばちゃんが仕組みをよく理解していなかったせい)、更に、電力会社へ以後の請求先を切り替えてもらうのにまたもや膨大な時間を費やし、結局すべてが終わった頃には、六時を回っていた。

 簡単に済むはずの手続きに半日かかった。
 疲労困憊。

 

 ついでだから書いておこう。

 ぼくの居たアパートには管理人がいない。その代わり、辺り一帯の住居をまとめて面倒見る警備会社がある。ここに予備の鍵を預けてあった。etat des lieuxに先だち、それを返してもらうべく事務所へ行った。

 警備員というのは距離を置いた喋り方をする。それは職業柄当たり前のことなんだが、それでもやっぱりなんとなく気が重かった。

 事務所へ行って担当が出てくるや、「おや、さっきエレベーターで一緒だったな」と、向こうから話しかけてきた。そう、ぼくと同じ建物の住人だったのだ。

 その後は随分砕けた応対をしてくれた。

 ぼくが三年半前に鍵を預けたときとシステムが変わったようだった。預けるときに台帳にサインしたが、その台帳はなく、、「この鍵か?」と差し出されたのが、間違いなく自分のアパートのものかどうか自信が持てなかった。

 自分が持っている鍵を出して、これなんだけどおなじかなあと聞くと、彼は二つの鍵を見比べ、同じに見えるな。違ってたらまた来てくれと、明るく笑った。

 フランスはコネの社会、という言われる。

 コネという表現は、外れているとは言わないが、正確ではない。

 断言するほどまでの自信はないが、フランス人は皆、「知人」には親切なのだろうとぼくは思っている。

 フランス人がお喋りな理由の一つが、そこにもあるのだろうと思う。お喋りすることによって、相互理解が進展する。

 だから、会話ができない人間は「知人」の輪に入れてはもらえない。

 でもそれは、フランスに限ったことでもないような気がする。

 
 
 

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