« 帰国準備・・・アパート引き払い etat des lieux | トップページ | 帰国便 »

2012年6月12日 (火)

パリを離れる日

 長いこと住んでいながら、実はぼくはパリを知っちゃいなかったらしい。

 滞仏最後の一週間は、思い切りパリ観光に徹するはずだった。
 だけど段取りが悪くていろんなことに追いかけ回され、叶わなかった。アパートから徒歩三分にあるポンピドーセンターのマチス展にも、とうとう行けなかった。

 そして、パリ滞在最後の日。

 十一時を大きく回った頃にホテルを出た。帰国フライトは夜七時半。夕刻の道路混雑を見込むなら、四時にはタクシーに乗りたい。

 残された時間は僅かしかなかった。

 シャトレのパン屋でクロワッサンとコーヒーを頼んだ。

 P1000158

 テラスに座って、ぼんやりと街行く人々を眺めていた。こんな時間を過ごすのは、初めてだった。

 クロワッサンが、あらためて、おいしかった。もうこれを食べることができなくなるのかと思うと、少し残念な気持ちになった。

 それよりも、どうしてぼくはこの三年半というもの、こんな豊かな時間を経験できなかったのだろうと自分を訝った。

 たゆたうような時間の中では、道の掃除夫すら好ましいものに見えた。

 P1000159

 腰を上げて歩き出したら、ショーウィンドウの中に猫が居た。

 P1000164

 エッフェル塔に上ってみようか、パリのノートルダム寺院に上ってみようかとも思ったが、それほどの時間はないと、自分の愚かな考えに首を振った。

 幸い、陽光は燦々と降ってくれている。

 足の向くままに歩けば、必然的にいつもぶらぶらしていたシテ島あたりに来てしまう。
 少しセーヌの川縁を歩いてみた。

 観光遊覧船が通り過ぎ、さざ波がひたひたと足下近くの岸に押し寄せる。

 建物のたたずまいも橋も道行く人々も、すっかり見慣れたはずの風景なのに、何故だろう、いつもとは全く違って見える。日差しのせいばかりでもあるまい。

 日常生活からも明日の業務からも切り離され、あるがままに素直に眺めるこの街は、実に美しい。

 これまでぼくは内心、限られた数日間でばたばたとパリを回る旅行客を少し気の毒に思ってきたのだけれど、それは大きな思い違いだったようだということに、ようやく思いが至った。

 今ぼくは、おそらく彼らと同じ眼差しでこの街を見ている。

 豊かな時間、豊かな色彩とフォルム。三年半以上パリに住んでいながら、ぼくはまるで気付いていなかったらしい。

 花は紅、柳は緑

 そんな心境からは未だほど遠いところに居る自分。

 最後にそういうことを気付かせてくれた時間と好天に感謝しつつ、ドゴール空港行きのタクシーに乗り込んだ。

 もしもう一度この街に来ることがあるとすれば、今度こそそのときは、この街の豊かさを満喫できるだろうか。

 

 

 

 

|

« 帰国準備・・・アパート引き払い etat des lieux | トップページ | 帰国便 »

暮らし、雑感」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 帰国準備・・・アパート引き払い etat des lieux | トップページ | 帰国便 »