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2012年8月

2012年8月31日 (金)

トイレの進化

 扉を開けて入ると、パカッといきなり便座の蓋が持ち上がった。

 ぎょっとした。

 そういうものが世の中に存在するという知識だけは持っていたのだが。

 腰掛けるや否や、水がじょろじょろと流れた。このままずっと流れ続けるんだろうかと心配したら、程なく停まった。タンクの中の冷たい水を捨てていたらしい。

 用が済んで腰をほんの少し浮かしただけで、またもや間髪を入れず、今度は本格的に水が流れた。至れり尽くせりの全自動である。

 そんな立派な仕掛けに慣れきってしまったら、旅先ではどうするんだろう。

 その昔パリで、タクシーを降りて歩き出した日本人に向かって運ちゃんが大声で怒鳴ってた光景を思い出した。

 「おーい、ちゃんと扉を閉めろよ!」

 フランスのタクシーの扉は今でも手動開閉である。

 あの旅行客たちも悪気があって扉を閉めずに立ち去ろうとしたわけではなく、客が扉を閉める必要はないという、単に自分たちの常識のままに立ち去ろうとしただけなんだろうけど。

 こんな立派なトイレに馴染んでしまったセレブな方たちの後にだけは、「個室」に入りたくないものである。

 

 

 

 

 

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2012年8月30日 (木)

生葡萄酒 ?

 そんな名称のものがあるとは知りませんでした。

 web検索掛けてみても、出てくるのは日本の葡萄酒メーカーによる商品紹介ばかり。

 ワインって、もともと生ではなかったんだっけ?

 ところが、wikiの「澱引き」という項目に、酵母の発酵を止めるために50℃で加熱する製法もあるように書いてある。

 だとすると、一般の瓶ビールに対する生ビールみたいなもんか?

 その製法がいかほど一般的なのかは、ぼくにはちょっと…

 ご存じの方は教えて下され。

 

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2012年8月29日 (水)

フランス 車用燃料代の高騰

 フランス国内で、燃料代の高騰が止まらない。

 オランド政権は小売価格の値下げのための財政出動を決定した。1リットル当たり3サンチームが暫定的に国庫から支出される。

 今フランスでは、ガソリンが175円前後、ディーゼルが155円前後なので、消費者にとって悪い話ではなさそうだが、結局は税金で賄われるだけのことだ。

 フランスのTV局FR2が、興味あるデータを示していた。

Fr2_2  

 この四十年間、確かに燃料価格は高騰の一途を辿っている。

 が、しかーし、この間賃金も上昇しているのを忘れてはならない。

 それでは、最低賃金労働者が1リットルの燃料を買うために必要な労働時間はどれだけであったかという推移を示したのが下のスクリーンショット。

Fr2_3

 よって、最低賃金を基準とした燃料代指数の推移はこのようになる。

Fr2_4

 勿論四十年前と今では一人当たりの消費量が比べものにならない、とコメントを付加していたけど、視点を変えればいろんなものの見え方が変わってくるという好例の一つだろう。

 別のコーナーで、フランスの女性も子供を望まぬ傾向が強くなってきたことをとりあげていた。

 「だって、アタシやりたいこと沢山あって、子供なんか持ったらその責任が果たせるかどうかわかんない。自分が責任持ってやれる範囲でアタシはやっていきたいの」

 と話す白人女性の映像を流していたこの番組の責任者は、これが世相を代表するコメントだと考えたに違いない。

 これからの将来、フランスの民力を支えていくのは、「ぼくらがイメージするフランス人」ではなく、法的にフランス国籍を持った他の民族ということになるのかもしれない。

 

 

 

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2012年8月28日 (火)

こちらホワイトロック

 小学校低学年の頃、テレビは午後八時までしか見せてもらえなかった。

 でも、例外が二つだけあった。

 ディズニーランドとコンバット。

 午後八時からの放映だったけど、親父はこの二つだけは視聴時間延長を許可してくれた。

 コンバットは、ぼくの大のお気に入りだった。

 「チェックメイト・キング・ツー、チェックメイト・キング・ツー、こちらホワイトロック」

 とサンダース軍曹が連絡を取ろうとするのは概ね事態が逼迫してる時なのだが、指令部のヘンリー少尉は大抵つれない返事しかしない。

 「今すぐには援軍を送れん。なんとか持ちこたえろ」みたいな…笑)

 今にして思えば、あれは企業の様態を重ねてたんだろうか。

 ところで、その「ホワイトロック」、後年見たビデオでは「ホワイトルーク」となっていた。

 今のぼくなら、ははは、聞き間違えたらしい、と何の疑念も抱かないのだが、九歳の頃に見た記憶だし、その頃遊びでもしょっちゅう使ってたフレーズだから、聞き間違いの筈はない

 …と思うけど、やっぱりワシの記憶力ってそんなもんなのかねと、少々凹んでた。

 そしたら、たまたま「初期の頃は翻訳者の聞き間違いでホワイトロックとなっていたが、途中からオリジナル通り、ホワイトルークに変わった」という記事をwebで見付けた。

 それがホントなら、いらんことしてくれたものだ。最後まで「ホワイトロック」で通して欲しかった。
 そら、ま、チェスを知ってる人には多少の違和感があったかもしれんだろうけど。

 この「コンバット」と、「宇宙大作戦」は、誰が何と言おうと、ぼくはオリジナル言語ではダメで、日本語吹き替えしか受け付けられない。

 登場人物と、その声と喋り方は、ぼくの中では密接不可分に融合してしまってるからだ。

 「宇宙大作戦」の中で、Mr.スポックが、「キャピテン、イッツ イロジック」と喋るのにはどうにも違和感がある。ここはどうしても、「船長、それは論理的ではありません」でなくては。(当初子供心にも、それ日本語かぁ~?とすっげー違和感を持ったものだが)

 刷り込み現象というのは随分根深いものなのね。

 お袋の味というのも、刷り込みなんだろうな。

 その刷り込みの上に更に刷り込みできるのが、料理上手な女なんだろう。

 そのような女性の切り盛りする家庭では、

単身で 遠くの妻より そばのママ   (サラリーマン川柳)

 なんてことには、ならないんだろうね。

 多分。


 

 

 

 

 

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2012年8月26日 (日)

ヴァカンスも終わり

 久し振りにFrance2の土曜午後八時のニュースを見たら、「夏のヴァカンスもこの週末で終わり」と言っていた。

 そう、夏ももう終わりだ。

 パリ市内でセーヌ河畔を砂浜に見立てたパリ・プラージュは、先週店じまいだったと思う。

 そのFrance2の調査によると、イギリス人は夏休みは三日もあれば良いと言ってるのに対し、フランス人には二週間ないし三週間必要なのだ紹介してるコーナーがあった。然るべき統計手法に拠ったものかどうかは詳らかにされていない。

Photo

 それでも、英国人がホントに三日で充分と考えてるのかどうかは怪しいものだが、フランス人は、できることなら四週間は欲しいというのがホンネだろう。

 インタビューに答えて二週間は必要と言ったフランス人のおっちゃんは、「最初の一週間は仕事のことが頭に残ってる。ヴァカンスを楽しめるのは二週間目からだ」と言う。

 そーかぁ~?そんならお前ら、毎週末はいつも仕事が頭にこびりついたまま過ごすのかぁ~?

 仕事のことを忘れてしまったあとは、何も考えずにのんびり時を過ごすことになる。

Vacance2

 左のおばちゃんは本を読んでて、右のおっちゃんはスマホをいじってる。ありふれた光景である。いかにお喋り好きのフランス人でも、夫婦一日中喋り続けるのは容易いことではないらしい。

 法定休日の比較があった。

Vacance3

 左の数字が有給休暇日数で、右が法定祝日数。

 日本は有給休暇日数は少ないが、祝祭日の休みの日が多いとの解説。

Vaance4

 中国の休日数は、はっきりは知らんが、違うんじゃないかなー。旧正月休みだけでも結構なもんだぞ。

 ま、別にここで何かを主張しようとしてるわけでもないので、それはそれでええんですが。

 尻切れトンボになってしまいそうだから、同じニュース番組の中で、ヴァカンスとは違うコーナーでちょっとびっくりした映像を。

Mont_blanc

 これ、パラグライダーでモンブランの頂上を目指してるところ。

 一人だけじゃない。何人もいる。
 冒険心に富む連中の比率は、我が大和民族とは比べものにならん。

 こういうホンキの遊びをしようとするなら、休暇は一週間やそこらじゃ足りないだろうな。

 

 

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2012年8月25日 (土)

手甲

 黒い腕カバーに指サック。

 これでピンと来る方は、おおよそぼくと同時代。

 さえない経理のおっちゃんが漫画として描かれる典型スタイルであった。何故か、その頭髪は大抵薄かった。

 指サックこそないが、黒い腕カバーをしたご婦人をよく見かける。腕カバーだけでなく、手甲状のものをお召しになっている方も居る。

 経理担当の女性が急激に増えたのかとまではさすがに思わなかったが、当初、非常に奇異に感じてた。

 そして、これはどうやら日除けのためらしいと見当が付いた。

 下着みたいな姿で歩いてるおねえちゃんもいれば、手甲をしてらっしゃるお嬢様も居る。

 日除けであるならば、腕だけでなく足にも必要だろう。

 次には脚絆ブームが来るのかな。

 来ると信ずる方は、脚絆メーカーの株を買い集められたし。

 

 

 

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2012年8月24日 (金)

中国人による仏の高級ブドウ畑買収

 そういうタイトルの記事が日経にあった。

 なるほど、Le Monde 電子版(22.08.2012 à 18h29)にもでかでかと書かれている。

Un Chinois rachète le château de Gevrey-Chambertin et ses vignes pour 8 millions d'euros

 http://www.lemonde.fr/economie/article/2012/08/22/un-chinois-rachete-le-chateau-de-gevrey-chambertin-et-ses-vignes-pour-8-millions-d-euros_1748632_3234.html 

 プロの評価額としては350万ユーロの農園を、800万ユーロでお買い上げになったらしい。

 この畑は12世紀からの名門だとのことだが、なにしろぼくはとんと銘柄に疎いので、このシャトーがどういうワインを作るのかは知らない。

 買収したのはマカオのカジノ経営者とのことだが、そういう素性だけで判断してはいけない。ひょっとしたら、お金持ちであるが故に、とんでもないワイン愛好家かもしれない。そう祈ろう。 

 この地域のワイン組合長ギヨン氏が言うには、「ガイジンによる買収はなにもこれだけじゃない。他でもカナダ人が5ヘクタール買ったよ」 

 日本では、カリフォルニアだ、オーストラリアだ、チリだとターゲットの多様化が進んでるけど、フランス人にとってはフランス伝統のワインが何と言っても第一。

 その辺りに、受け止め方の日仏温度差はあるかもしれない。

 そういや、ボルドーの超有名地域で中国人に買収された葡萄畑もあったなぁ。

 

 

 

 

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2012年8月23日 (木)

ジュミエージュ僧院跡 Abbaye de Jumièges

 フランス北部の街ルーアン。この近辺でセーヌ川は大きく蛇行を始める。ル・アーブル港はもうつい近くだ。大型貨物船もこの辺りまで入って来る。

 そのルーアン郊外に、フランスで最も美しい廃墟の一つと言われるこの僧院跡がある。

 パリから車で二時間半程度のこの場所に、訪問客を案内したことはない。

 自分が気に入った場所を隠してたわけじゃない。ヴォ・ル・ヴィコントで懲りてしまったからだ。

 シャトー・ヴェルサイユの原型となったヴォ・ル・ヴィコントは、ピエールフォン、シャンティと並んでぼくの大好きな館の一つ。

 でも、ご案内したお客人はいずれもあまり関心がないようだった。ぼくの感覚は、やっぱり他人と少し違うのかもしれない。

 この僧院跡、外見からムンムンとオーラを放っているようには、ぼくには見えなかった。

Abbaye_de_jumieges_20090806_1

 ただの廃墟である。

Abbaye_de_jumieges_20090806_2

 この僧院が建てられたのは、大化の改新から9年後。そして9世紀の半ば、フランク王国が三つに分かれ、今のフランスの原型ができた頃、菅原道真の時期にヴァイキングに攻められ、この僧院は一旦捨てられた。

 それから時代を重ねるのだが、以来隆盛を誇ることはなかったようで、近世代に入ってからの所有者がこの僧院を石切場にしてしまって、完全に廃墟となった。

Abbaye_de_jumieges_20090806_4

 現在は県の所有物となり、絶えず保存のための補修工事が行われているらしい。

 下の写真右手では、若い娘が補修作業をしていた。それが単なる壁の上塗りだったのか、壁画の補修だったのか、委細は分からなかった。

Abbaye_de_jumieges_20090806_3

 屋根のない大きな聖堂の中をゆっくりと歩いて行くうちに、だんだん静謐な気分に包まれてくる。雰囲気に呑まれてしまったのだろうか。

 いつの間にか、穏やかさと悲しみのようなものたちが、ぼくの周りにひっそりと佇んでいた。

 広い庭がある。弁当を持ってきて、ここで半日過ごしたいものだと思った。

 繰り返すけど、単なる廃墟である。眺めてて楽しいものがあるわけではない。かく言うぼくも、もう一度訪問した時に同じ思いに浸れるのかどうか、それは分からない。

 それでも、時間が止まったような世界というのは、こういうものを指すのかもしれない、そんな思いで、壊れかけた壁を丹念に見て回った。

 見呆けてしまってたので、これ以降写真を撮るのを忘れてしまったことが悔やまれる。

 ご興味の向きは、下のサイトをご訪問下され。

 http://architecture.relig.free.fr/jumieges.htm

 

 

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2012年8月22日 (水)

フランス北部奇岩エトルタ Étretat

 パリから北へ上がっていくと、Haute-Normandie 上ノルマンディ地方に至る。

Normandie

 その海岸は石灰質で、荒波に洗われ奇岩が壮観を呈している。

Etreta_20090807_4

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Etreta_20090807_1

 とゆーても、以前にご紹介したコルシカ島のボニファシオみたいなもんで。

 とゆーても実は、訪れたのはこちらの方が先だったんだけど。

 この地は Ministère de l'écologie, de l'énergie, du développement durable et de la mer (エコロジー・エネルギー・持続可能な開発・海洋省)という歴としたお役所が、« Grand site de France »とのお墨付きを与えている地域である。

 Les plus beaux villages de France (フランスの最も美しい村々)といい、 Grand site de France といい、フランスとは、さてもラベルを貼り付けるのがお好きなお国柄のようだ。

 Grand site de France てのはwikiによれば、

Grand site de France est un label, décerné par le Ministère de l'Écologie, du Développement durable et de l'Énergie, qui vise à promouvoir la bonne conservation et la mise en valeur des sites naturels classés français de grande notoriété et de très forte fréquentation.

 簡単に言えば、すっげーなぁと感嘆する自然を残している地域だそうな。

 他にどのような場所があるかと言えば、これもwikiによれば、

    L'Aven d'Orgnac en 2004 ;
    La Montagne Sainte-Victoire en 2004 ;
    la Pointe du Raz en 2004 ;
    Le Pont du Gard en 2004 ;
    Bibracte sur le Mont Beuvray en 2007 ;
    Le Puy de Dôme en 2008 ;
    Le Marais poitevin, en 2010 ;
    Saint-Guilhem-le-Désert - Gorges de l'Hérault, en 2010 ;
    Le site des deux Caps (Cap Gris-Nez / Cap Blanc-Nez) en janvier 2011 ;
    La Baie de Somme en 2011 ;
    Le Massif du Canigou en 2012.

 末尾の数字は認定された年を現す。

 この中で行ったことのあるのは、la Pointe du Ra と Le Pont du Gard くらいかな。他にも記憶からこぼれ落ちてるところがあるかもしれない。

 エトルタのこの長い長い断崖絶壁、多くの観光客が訪れるのだが、その崖っぷちに柵はない。そんな場所はヨーロッパには幾らでもある。

 仮に日本にこのような場所があったとして、そこで滑落死亡事故があったなら、日本のマスコミは「『頑是ない一般市民』の防護を怠った行政の怠慢」を口を揃えて罵るだろう。

 自分で自分を守れないヤツには生存資格がないとする白人社会、
 方や、白馬に乗った王子様は必ずいなければならないと疑いもなく信じ切っている日本社会。

 さてはて。

 

 

 

 

 

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2012年8月21日 (火)

世界三大がっかり

 そんなものを紹介してたblogを、以前見たことがあった。

 シンガポールに居たことのある奴に「マーライオンって、やっぱ、見たらがっかりする?」と聞いたら、彼は「ああ、あれはね、あのライオンは伝説の守り神で、その話を知らんなら何の変哲もない彫刻」とのたもうた。

 ぼくはマーライオンを見たことがないので何とも言えん。彼のコメントが正しいのかどうかも知らん。

 自分でこれまでに「なんじゃ、こりゃぁ!?」と思わず口に出した場所は、

 ・小便小僧
 ・ローレライの岩
 ・トレビの泉
 ・はりまや橋

 ちなみに、小便少女というのが「小僧」と同じくブリュッセルにあるのをご存じか?

 ぼくは見たことがないのでコメントを控える。物好きな方はweb検索して下され。

 

 

 

 

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2012年8月20日 (月)

カレログ

 そういう名のスマホ向けアプリがあるんだそうな。

 wikiによれば、

カレログとは、2011年8月29日から、有限会社マニュスクリプトが運営している女性向けAndroid2.2対応スマートフォン向けアプリケーションサービスの名称。

カレログとは観察対象者の男性が所有しているスマートフォン(Android端末)の情報を、女性会員に通知するというアプリケーションである。女性会員 はパソコンのウェブサイトを使って、観察対象者である男性の現在地情報、観察対象者のスマートフォンのバッテリー残量、アプリケーションの一覧をリアルタ イムで閲覧する事ができる。初期のバージョンでは、「プラチナ会員」になると、観察対象者である男性の通話記録を閲覧することもできた。 

 以前、同じようなアプリ、ドコカレというのを聞いたことがあったが。

 そんなもん欲しがる女って奴は、だから度し難いのだと悪態をついて終わる話ではない。

 上記説明では男性とか女性という表現があるが、実際の所、所有者が男か女かまで判別するプログラムは仕込まれていないようなので、誰が誰に対しても使えるということになる。

 マニュスクリプトという会社がインフラを一から全てを構築したわけではない。

 誰でもアクセス可能な場所に、ぼくらの平生のそういった情報がポイと置かれているということなのである。

 誰もがビッグブラザーになれる時代になった。

 こういうものを少しずつ意図的に流し、愚衆を徐々に慣れさせていこうというのが「ホンマモンのビッグ・ブラザー」の目論見なのかどうか、それは知らない。

 

 

 

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2012年8月19日 (日)

ロンドン五輪 日章旗 君が代

 前にも書いたように、この競技会にそう気合入れて注目していたわけではない。それでも、一つだけ注視していたことがあった。

 日教組や大阪教職員組合が、この大会での日章旗掲揚と君が代演奏への反対表明をするのかどうか、という点。

 が、ぼくの見聞きした範囲で、そういうものは一つも見つからなかった。

 大阪市で一揉めした後である。自分たちの主張が学童を巻き込むほどに正しいと本気で思うのなら、本件に世間の耳目を集めるのにまたとない機会ではなかったのか。

 実に不可思議な話である。

 

 

 

 

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2012年8月18日 (土)

レストラン Taillevent タイユヴァン

 まさか予約が取れるとは思ってもみなかった。たまたまラッキーだったのか、それともこの店も凋落し始めてるのかなどと、つまらん方向に考えが走るのは例の如し。

 高級レストランというものにはあまり興味がない。というより、支払う対価ほどに充分満足できるほどの器量が自分にはないと、己の分際を弁えているというのが正しい表現だろうか。

 されど、犬も歩けばたまには棒に当たる。

 ミシェル・ロスタン Michel Rostang という店にたまたま行ったことは随分前に書いた。その時はクソたけぇ店だなくらいにしか思わなかった。名だたる店の一つだと知ったのは後になってから。

 要するに、レストランをきちんと値踏みできる力は、ぼくにはないという証左である。

 そんなぼくではあるが、この Taillevent には何故か、恥ずかしながら、実はあこがれがございまして。

 理由は自分でも分からん。多分、若い時分の刷り込みなんだろう。

 加えて、音の響きが好きなのだ。

 tailleという語は、服なんかの背丈として使われる。ventは風。その流れで見るなら、Tailleventは「風の店」とでもいうことになろうか。一方、tailleの動詞はtailler、切り取るという意味がある。
 ぼくの頭の中ではこの二つが混ざり合って、tailleventという名には風を一杯に孕んだ帆船のようなイメージが出来上がるのだが、フランス人がどう感じるのか、遂に尋ねる機会を持てなかった。

 P1000172

 通された部屋。一見かっこよさそうだけど、

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 この部屋、階段の左右からギャルソンが始終出入りしている。
 どうやら本式の食堂は二階で、この部屋は追加で誂えられた場所らしい。確信はないけど。

 しょっちゅう人がうろうろするのは、少々目障りではあった。
 そう言う意味では、正しく「高級レストラン」に来ているという雰囲気ではないけど、それはそれで、ま、ええか。

 普段は頼まんアペリティフだが、Tailleventブランドのシャンパンがある、良いぞー、おいしいぞーと勧められるままに。

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 勘定の段階で気付いたのだが、これ結構なお値段だった。言うほど旨くもなかった。

 写真左端のグラスはミネラルウォーター。食事時に水を飲むのは、今や蛙とアメリカ人だけではない。

 ここのワインリストは、ぼくみたいなチンピラには別天地だった。

P1000176

 表示価格は円ではなく、ユーロ。

 上の写真はリストの左側、年代部分がが切れている。
 その左側に焦点を当てると、

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 シャトー・ラフィット・ロットシルド 1846年って、そんなもんが…

 ワインは50ユーロ辺りまでで抑えたいけど、60くらいになっても仕方ないかなー、なんてケチな平生の思考を持ち込んじゃいけないのよね、こういう店では。

 で、何を頼んだかは覚えてない ( ̄Д ̄;;
 ブルゴーニュではあったが。

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 食事も例によって、何を食べたか覚えてない。写真を見ても、そんなもん食ったかぁ?てなもんだ。

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 よその席のご様子。いいですね、うらやましいですね。この女性の「まあ、すてき!」のポーズと表情。右手の兄ちゃんは、もうこれだけで満足してるだろう。

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 メシが終わると、チーズ。こういう店ではワゴンに沢山の種類のチーズを載せて持ってくる。どのチーズをどれだけ欲しいかその場で注文する。

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 四半世紀前、トゥール・ダルジャン La Tour D'Argent で初めてこういう場面に遭遇し、意地汚くあれもこれもと沢山頼んで結局食べきれなかったことを思い出した。

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 デザート。

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 写真のトーンがバラバラなのはお許しあれ。フラッシュなし設定撮影だったので、後から見ると大半が光量不足の上、白熱灯の色かぶりが激しい、ひどい写真ばかりだった。
 これでも随分頑張ってレタッチ処理したんだけど、我が技量及ばず。

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 サーブに当たってくれたギャルソンは、動きが固く若干猫背気味。ある程度の年齢ではあるが、どうも新規採用見習い期間中みたいな感じだった。

 先の写真のカップルが二人の写真を撮ってくれと頼んだせいなのだろうか、彼はぼくがカメラを持っているのに気付き、ぼくの写真を撮ってやろうかと申し出てきた。

こちらから頼んだのならともかく、こういうレストランで撮影の御用聞きに来るのは、どーかなー。

 気を利かせたつもりだったのかもしれないが、それ、「おまえら旅行客なんて、二度とこの店に来ることもないだろうから」という風に受け取られるよ。

 ぼくが通された部屋はそういう、二度と来ないであろうツーリスト向け用の「軽い」部屋だったのかもしれないけど。

 日もとっぷりと暮れた。凱旋門まで歩く。

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2012年8月17日 (金)

bistro Le Coude Fou クゥドゥ・フ

 一歩足を踏み入れるとバーカウンターがあり、ビストロと言うより、ここはむしろワインバーの雰囲気。

 最初にこの店の名を聞いた時、「coup de fou=馬鹿の一撃」と聞き間違えた。

 Img2012042901504

  でも、coude は、肘或いは肘鉄の謂なので、結果的にそう大きな相違はないだろう。

 入るとすぐ左手、道路に面した側には、ワインの箱で誂えたテーブルが置いてある。その奥はカウンター。常連さんらしき人が店の人間相手にぐだぐだ喋ってた。

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 部屋は広くない。

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 よー分からん店である。

 店に入ったのが午後一時を大きくまわっていた。この店に限らず大抵のレストランやビストロは、昼食の時間は午後二時まで。

 けだるうそうなウェイトレスねえちゃんが、やる気なさそうに注文を取りに来る。

 でも、後から来たアメリカ人らしきカップルには真摯に対応してたんで、単にぼくが嫌われたのかもしれんな。

 「今日の定食」から選んだのがこれ。

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 なんと、カレー味だった。

 それはそれで面白かったが、観光客にはどんな印象を与えるやら。

 この店はいろんなワインをグラス単位でいろいろ注文できるのがおもしろい。

 ぼくにとっては可も無し不可も無しの店ではあるが、フランスの大衆紙 Le Figaro では、「ええんじゃないですか」との評価。

 「Un repas toujours délicieux et une équipe sympa.」との投稿もあり、一応有名店ではあるようなので、ご紹介しておく。

 12 rue du Bourg-Tibourg, 75004 Paris

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2012年8月16日 (木)

レストラン ひらまつ パリ

 トロカデロ広場からそう遠くない場所にある。
  52, rue de Longchamp 75016 Paris

 その日はあいにくの天候だったが、それでも、トロカデロからエッフェル塔を眺めるのはこれが最後だろうと、風にあおられる傘を斜めにかざしながらテラスまで行ってみた。
 いくたりもの観光客が風と雨の中で記念写真を撮っていた。

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 そういや、この写真の左手にある Musée de l'Homme (人類博物館)には、遂に入らなかったなあ。

 そんなことを言い出したらきりがないなと、ひらまつへ向かう。

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 立派な店構え。なにしろここは名にし負う16区。

 この辺りの marché =青空市場に出される食物は、他の地域とは質が違うという。(自分で行ったことないし、実際見たところで違いは分からんから、右から左への単なる伝聞と聞き捨てて下され)

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 かなり早めの時間帯なので、他の客はまだいない。

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 とんでもなくゆったりとした空間。

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 パリの食堂って、大抵テーブルが狭くてかなわんのだが、ここは広い。

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 従業員の身のこなしも慇懃優雅で、扉を開けて入った受付応対の段階で、「あ、ここは本来、わしごとき下賤の身が来るべき店ではなかったらしい」と見当が付いた。
 さすがにミシュラン調査員のお眼鏡にかなった店ではある。

 お任せコース料理。何を食べたのか、今写真を見返してすら、とんと思い出せない。コメントなしで写真だけ並べておく。

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 トイレがこれまた立派だった。

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 トイレの順番待ちをソファに座ってというのも、どんなもんだか。

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 食い物のことは忘れても、トイレの方は鮮やかに覚えている。

 わし、人生に於いて、なんだかとってもソンしてないかなー。

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2012年8月15日 (水)

盂蘭盆会

 お盆は、地獄の釜の蓋が開いて…と昔聞かされてた。それなら、極楽往生してなさるご先祖様には無縁のお祭りということになろうが、そういうことには拘泥せずこの習俗は今日まで続いている。

 釈尊の弟子であるモッガラーナ/目蓮が、自分の母親は天上界に生まれ変わっているであろうかと天通眼で探したら、天上界どころか餓鬼界に堕し逆さ吊りの責め苦に遭っていた。
 驚き、食物を供養しようとしてもそれらはたちまち悉く燃え尽きてしまい、母親に届かない。思いあまって釈尊に相談し、教えてもらった法を施したところ、母親はたちどころに地獄から浮かび上がり昇天した。

 という話が今の盂蘭盆会の起源ということになっている。

 ところが、釈尊自身は、死者の追善供養を一般民衆に説いてはいないのである。

 学生時代に読んだきりなので正確に思い出せないのだが、古い初期仏典にこんな話があった。

 釈尊がとある村を通りかかると人々が嘆き悲しんでいる。肉親が亡くなったのだという。一人が釈尊に、天上界に生まれ変われるよう供養して欲しいと頼むと、釈尊はこう尋ねた。

 ここに池がある。そこに石を投げ込んだとする。汝等が池の周りで「石よ浮かべ石よ浮かべ」と念じて、石は浮かんで来るであろうか。

 頼んだ男が「それは無理です。石は自分の重みで沈んでいるのですから」と答えると、釈尊は「それと同じことである。人は自分の行いにより行き先が決まるのであって、それはどうしようもないのだよ」と仰った。 

 細かいところに記憶違いもあろうが、大略こういう説話だった。

 それではこの風習がどこから出てきたのかと言えば、どうやら中国で道教や儒教を混ぜ込んだものらしい。

 タイに「お盆」はあるんだろうか。インドはヒンズー教だから、インド人に聞いても仕方ない。チベットはまた特殊な進化を遂げてるし、何より中共に蹂躙弾圧されてるから、今どうなっていることやら。

 あ、んなこと言ったら、タイだって華僑が跋扈してるから、彼らの間では盆休みはあるんだろうな。

 それはそれとして、仏教起源であろうが無かろうが、祖先を敬い祀るというのは美しい風習、というよりは、当然の慣習。これが無くなったとき、自動的に日本の国体も崩壊する。

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2012年8月14日 (火)

衛生観念

 パリジャンは昔、ばばちいセーヌ川でも水浴びしてたみたいと書いたら、スイスの山中でもばっちい池で平気で泳いでる人たちを見たことがあるとコメント頂いた。

 先に書いたように、道がゴミで埋まってても平気な西洋人であるから、泥水くらいは屁とも思わないのだろう。

 そう言や、「聖なる」ガンジス川も随分汚いらしい。死体を焼いたり動物の死骸が流れてるそばで沐浴するなんて行為は、僕らの理解を遙かに超えている。

 日本人というのは清潔好きの民族だと思う。それが高じたのかどうか、一時期抗菌グッズなるものが一世を風靡した。
  あのブームはどこへ行ったのだろう。もはやブームではなく、日常生活に溶け込んでしまっているのだろうか。

 だとするなら、我が民族の将来は危ぶまれるなあ。

 免疫力、抵抗力のない子供たちを量産することになるのだから。

 白人連中が総じて堅固な体つきなのは、日本とは比べものにならないような劣悪な環境と疫病の歴史を経てきており、これに耐えられない個体は次々と淘汰され死に絶え、それを乗り切ってこられた遺伝子だけが今に残されているためなのだろう。

 ところで、銀のスプーンをくわえて生まれてきた…という言い回しがある。裕福な家に生まれることの謂だが、単に「金持ち」というだけの意味なのだろうか。

 銀イオンには抗菌作用がある。幼子の頃から銀のスプーンで食物摂取していれば、口径で雑菌が体内に入ることがないってことにならないか。

 安手の「抗菌グッズ」を買い求めるより、銀の食器、銀の燭台と、身の回りの調度品を銀製で埋める方が、衛生上は宜しいようである。

 

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2012年8月13日 (月)

ロンドンオリンピック

 そう大して気合い入れて見てたわけではない。何より、テレビを見ることが殆どない。見ても、チラ見程度。

 で、そのチラ見程度での印象でしかないんだけど、サッカー、バレー、レスリング等々の女子選手って、試合してる時は皆きれいに見える。

 なのに、彼女たちがテレビのスタジオに招かれた画像では、(失礼ながら)う~む、と唸ってしまうのだ。

 この落差はどこから来るのだろう。このオリンピックだけではない。大きなスポーツ大会では大抵いつも同じような感想を持ってしまう。

 思うに、オーラなんだろう。試合の最中は全精神を張り詰め集中してる、その波動みたいなものが伝わってきて、とても好ましく感じられるのだろう。

 今の若い娘っ子がどうなのか知らんが、わしら若い頃は、「バリバリ仕事してる男の人ってステキ」てな感想を女性連中は持っていたはずで、そこには一脈相通ずるものがあるのではなかろうか。

 バリバリ仕事するのが嫌いだったぼくは、従って、「ステキ!」と女性連中に思って頂ける機会があるわけもなく、今に至るまで無聊を託っている。

 それでも、ある瞬間の「ステキ」に目が眩んで一緒になってみたら、日常生活ではどーも様子が違うぞと、後になっていざこざを起こすカップルより罪が無かろう。

 と遠吠えするのも、何かしらむなしいものがあるなぁ。

 

 

 

 

 

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2012年8月12日 (日)

書籍の行方 その2

 陸前高田市図書館ゆめプロジェクトというものがあるとコメントを頂いた。

東日本大震災の大津波により壊滅的な被害を受けた陸前高田市では、多くの公共施設と同様に図書館も、大きな被害をうけました。当プロジェクトでは、皆様が読み終えた書籍を株式会社バリューブックスにより査定を行い、 その買取金額相当を図書館再建として役立てられます。

という触れ込みである。関心を持たれたなら、上記リンクでご確認されたし。

 ぼくはbook off は知ってるけど、バリューブックスという会社は知らない。津波で被害を受けたのは陸前高田市だけもなかろうが、でも、それは些細なことだろう。

 スガシカオの「progress」という歌がある。「プロフェッショナル 仕事の流儀」のテーマ曲。その二番の歌詞。

ガラスケースの中 飾られた悲しみを見て
かわいそうに…なんてつぶやいている
こんな自分、ケリたくなるくらいキライ

 「連帯」を謳いながら、でも自分の住む共同体であのフクシマの瓦礫処理するのはイヤ、というのも、素直な感想ではあろうけど。

 歌はこう結ぶ。

 あと一歩だけ、前に進もう

 

 

 

 

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2012年8月11日 (土)

パリの日光浴、どこまでならOK?

 へ?と思うようなタイトル。

 毎度パリ市広報ネタで恐縮だけど、この記事は「市広報」ってところが面白いので。

 警察がパリ市民にこう呼びかけてるそうだ。

 気温が三十度を超え、もう何もかも脱ぎ捨てたい気持ちだろうけど、ご注意を。公共の場では脱ぐのには限度あり。
 水着は良いけど、裸はダメ。最高 3750ユーロの罰金と二ヶ月の拘置となるかも。

 その水着も、ビキニは良いけどモノキニはダメ。胸を晒しちゃダメ、と細かい。

 どこにも「女性は」とは明記されていない。だから字句通りに読むなら男も胸を隠さにゃならんのだろうが、想像してみなされ、それは却って気味悪かろう。

 こういう御触書が出るということは、裏を返せば、言わなならんということでもある。江戸時代の日本では姦通禁止令が三度も出されたという。

 ここまで読んで、「そうか、海岸まで行かなくても夏のパリはムフフなのか」と目を光らせたオッサン、あなた、それは早計というもの。必ずしも我々オッサンが所望するものばかりが提供されているとは限らない。

 「マドモワゼル」と聞いて、「若くて美しいお嬢さん」と勝手に思い込むのと同断だよ。(過去記事ご参照あれ)

 

 

 

 

 

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2012年8月 9日 (木)

パリのセーヌ川は遊泳禁止

 9月2日に予定されていたセーヌ川遊泳大会が中止となったと、パリ市広報が伝えた。衛生上の懸念が残るからだという。

 もともとパリ(だけじゃなく中近世の欧州の街)の道という道は糞尿、ゴミ、動物の死骸で埋まっていた。

 その汚物の中に足が埋まってスカートの裾を汚す事態を避けたければ、つま先立ちで歩かねばならない。

 ハイヒールが流行し始めたのはその頃からだという説がある。

 これじゃいかんというわけでパリに下水道が造られたのだが、排水がそのまま全てセーヌ川に注いでいたというから、そらたまらん。

 排水浄化への取り組みがいつ頃から始まったのかは知らないが、セーヌ川に魚が戻ってきたと騒がれたのはつい数年前。

 それでも何故か古い写真やムービーには、セーヌ川で水遊びしている人々の姿が沢山納められている。慣れっこになってて、あんまり気にせんかったのだろう。

 仮に水質がOKとしても、橋の上からしばらくセーヌ川を眺めたことのある人には分かるだろうが、あんなに船の往来が多い場所で泳ぐなんて考えられない。

 船に近寄ったらアカンと禁止令が出ても、コンコルド広場やバスチーユ広場のクルマの雑踏の中を平気で自転車でふらふら横切っていく奴等のことだ。川の中央まで泳いでいって、船のスクリューに巻き込まれる輩が、年に何人か必ず出るに違いない。

 一番危ないのは、川面を高速で突っ走るpoliceのモーターボートかもしれんけど。

 

 

 

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2012年8月 8日 (水)

マツダ demio 13cvとカーナビ

 帰国して慌てて車を買ったが、パリに住んでた頃とは違い、そう大して乗り回すわけでもない。通勤には使わないから、典型的なサンデードライバー。

 初期点検までに少しは転がしとかんとなー、と、半ば義務感で先日無理矢理長距離を走ってみた。

 謳い文句の燃費30キロにどこまで肉薄できるかなと、ちょっと楽しみだったのだが…
 (後日追記:これはSkyActiveの謳い文句でした。ゴメン。にしても・・・)

 高速道路走っても、リッター20も行かんじゃないか。無理な走り方はしてないつもり、と言うより、燃費重視の走り方したつもりなんだけど。謳い文句ってのはそんなもんさとお利口さんになっても良いのだろうが、それでも三割も異なるとなると、どんなもんか。

 このクルマ、というか、最近のは大抵そうらしいが、燃費計が付いている。

 停止状態から動き出すところで初めて時燃費計に目を落としたら、「3」と表示してる。
 おお、このクルマはカタログ値通りとんでもなく燃費がよいのだなと、その時は随分感心した。

 が、巡航速度に近づくにつれ、表示される数字がどんどん増えていく。

 ヘンだなと首をかしげ、燃費表示がフランスと異なることをやっと思い出した。

 フランスの燃費表示は、一リットル当たり何キロ走るか、ではなく、「100キロ走るのに燃料がどれだけ必要か」を指す。

 つまり、燃費が「3」とあれば、「100キロ走るのに3リッターの燃料が必要」という意味合いで、日本式に書き直せば「33.3」。

 感心した分だけ反動も大きく、なーんだと、しばしドヨンとした目になってしまったぞ。

 カーナビはカロッツェリアの最安品。タッチパネル方式なのが面倒でしようがない。Peugeot607のダイヤル方式を古くさいと嘲笑っていたが、今にして思えばあっちの方がずっと使い易い。

 このカーナビはとてもとても親切で、高速道路を走っている最中に、もうじき合流地点だから気ぃ付けや等々しょっちゅう世話を焼いてくれる。これから先は道なり走行というときは、安全運転でね、と喋り出す。

 オマエは世話女房か!

 「運転開始から二時間です。一休みしませんか?」と甘い声で来た日にゃ、「次のSAで待ってるわ」くらい気の利いたこと言えんのか!と毒づいたぼくであった。

 このクルマは、多分欧州車を相当気にしてつくられてる。堅めのサスペンションもその一環だろう。ぼくはフニャフニャは嫌いなのでどちらかと言えば好ましい感じではあるが、でも、Peugeot207と比べても、何か違うんよねー。demioで長距離はかなりきついだろうな。

 路面状況をしっかりと操縦者に伝えるということは、単にサスが堅けりゃいいというもんでもない。

 どういう振動をどういう風に吸収するのが一番心地よく感じられるか、そこには膨大なノウハウの蓄積と、それが分かる人材が必要なんだろう。

 別に欧州車崇拝してるわけではない。あちらさんの方が馬車の時代から歴史を積み重ねてきてるんだから、一日の長があって当然だろう。

 でもなー、柔道なんて日本に一日どころか百日くらいの長があるはずなのに、ロンドンオリンピックでは悉くガイジン勢に敗退して、金メダル一つも取れんかったなー。

 待てよ。てことは、百年程度の差なら簡単にひっくり返せるということだ。

 頑張れ、マツダ!

 

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2012年8月 7日 (火)

瓶詰めされたワインは呼吸するか

 コルシカ島をまわっている時、道の脇に立っている大きな木のそばで、運転していた男がふいに車を停めた。

 二回り以上もあろうかという幹の表面がごつごつしていて、あっちこっちに削り取られたような跡がある。

 コルクの木というものを初めて見た。

 コルシカでは上質なコルクがとれる。でも最近は数が減ってきて、ワインの栓も樹脂製が増えてきたのだと彼は言った。

 えっ?樹脂製の栓なんて使ったら瓶が完全に密閉されて、ワインが呼吸できなくなるではないかとぼくが尋ねると、彼は一瞬びっくりしたような顔をした。

 一呼吸置いて、ぼくの目をまじまじと見つめながら諭すように彼は言った。ワインボトルの中に余分な空気が入ってはいけないのだよ、と。

 ちーと考えてみれば分かることであった。

 飲み残しのワインを翌日も賞味したいという状況に備え、瓶の中の空気を手動ポンプで抜いてしまうことのできる特殊な栓を昔買い求めたぼくではなかったか。(それは今では無用の長物と成り下がっているが)

 何より、ワインは寝かせて保存するもの。瓶の口は液体で満たされている。呼吸できるわけない。

 随分若い時期に、ワインは瓶詰めされた後も呼吸をすることで熟成していくのだとさかしらに「知識」を披露してくれた奴のコトバを、そっくりそのまま無批判に、ありがたく脳味噌の奥にしまい込んでいた。

 物覚えが悪いが故に何度も何度も悲しい目に遭ってきたはずなのに、忘れてしまった方が良いこんなことだけ後生大事に何十年も覚えてるなんて。

 

 

 

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2012年8月 6日 (月)

高卒資格試験バカロレア Baccalauréat

 フランスで高校卒業資格を得るには、Baccalauréat (通称バック bac)に合格しなければならない。

 そして、bacを通過すれば大学に入れる。どこでも自由にと言うわけでもないが、そのさわりは以前書いたので省略。

 試験科目はコース別選択制になっているが、哲学はどのコースでも必須となっているところがいかにもフランスらしい。

 「真理の探究は私心なく行えるのか」とか、「すべて信仰は理性に反するのか」なんてお題に、与えられた四時間以内で論述する。

 bacは必ずと言って良いほどニュースになるが、そのニュースが邦訳された珍しい動画があった。

 http://www.youtube.com/watch?v=_SclZTfjUVg&feature=related

 物好きな方はURLをコピペでどーぞ。フランス語オンリーで良ければ以下も。

 http://www.dailymotion.com/video/xrlsbx_les-scientifiques-prennent-le-bac-avec-philosophie_news

 自分で考えて自分のコトバで「美しく」語るんやで~というのは、フランスの教育の原点。だから哲学が試験必須科目になるんだろう。

 その教育のお陰で、フランス人はあーやこーやと理屈をこね回しどんな議論にでも参加できるように育つ。

 そういう方向って、わし結構好きですねんけど。
 あ、だからまわりが迷惑しとるな。
 @(;・ェ・)@/反省

 

 

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2012年8月 4日 (土)

フランス人は手を洗わないか

 風呂、ときたなら、当然次は手洗い。

 四半世紀前、トイレから出てきたフランス人が手を洗う光景を見た記憶が殆ど無い。

 奴等はしょっちゅう握手してるから、他人の手をウェットタオルと見なしてたのだろうか。

 でも、握手した相手がやっぱりトイレから出たとこだったら・・・。

 あ、そうだ、奴等の解決策は握手だけじゃない。やたら抱きつくのが好きだと思ってたら、相手の服でも手を拭いてるんだ。なるほど、そーゆーことだったのか。

 その昔、若いパリジェンヌが公園の灌木の陰で用を足している場面を目撃したことがある。

 そこは、長く広く続く植え込み、という風ではなく、低く茂っている木がぽつりぽつりと点在しているような場所だった。

 彼女がそそくさと灌木の根っこの方に姿を隠すと、その傍らで若い兄ちゃんが、ガードするような感じで辺りを見回していた。

 そのお嬢さんが木陰から出てくると、二人は手をつないでそこを立ち去っていった。

 近くに水道なんぞありゃしないが、そんなことは歯牙にも掛けぬ、若い二人の微笑ましい光景であったのであったのである。

 そんなもん見たのは一回こっきりだから、これを以て「パリジェンヌはみーんな野外でオシッコするんだよ」なんて吹聴する気はもとよりない。

 が、しかーし、こんな話も聞いた。

 大学あたりで宴会というかフェスティバルみたいなものを夜にやって、しこたまアルコールを仕込んだ女子学生が野外で尿意を催すと、周囲に数人の仲間がスカートで円陣の幕を張ってやり、その真ん中で用を足すということはあるよ、と。

 ニュースソースは一人だけだから、これまた普遍化して声高に叫ぶつもりもないが、そういう事象があったということだけは事実なのであろう。

 ヴェルサイユ宮の伝統は脈々と受け継がれているものなのであるなと、その話を聞いた時は目を点にして感動し、ひっくり返りそうになったものである。

 話を戻そう。

 2009年暮れ辺りを境に、手洗いするフランス人を目にする機会が急激に増えてきた。

 当時流行の兆しを見せていた「新型インフルエンザ」予防策の一つとして、手洗い励行をマスコミが呼びかけたのが功を奏したんだろうか。

 時を同じくして、業務用タオルや温風乾燥機が公衆トイレにようやく整備されてきた。この効果は無視できないだろう。

 日本人は濡れた手をハンカチで拭く。これは常識。たまに服やズボンで拭う奴がいるにしても。

 がフランス人にとって、何しろハンカチというものは洟をかむものであるからして、手をそれで拭くわけにはいかない。ハンカチの中にこびりついているのはパリパリに乾燥した洟である。

 斯様な設備が整って、ようやくフランス人も安心して手を洗うようになったという次第であろうか。(それがウソかマコトか、書いてる本人も首をかしげてるんだから、読んでる方は180度くらい首をかしげてるだろうな)

 そのハンカチで洟をかむという行為、四半世紀前のフランスでは間違いなく常識だったのだが、今般知人と食事をしている最中にハンカチで洟をかんだら、「今どきそんなことしてたら時代遅れのロートルだと嗤われるよ」と嗤われた。

 今回の赴任では何故だか周囲で洟をかんでいる場面に殆ど遭遇しなかったので、そのご指摘が正しいのか否か、正直言ってぼくには分からない。

 郷に入っては郷に従えと言う。

 郷に従うつもりがあるのなら、どこかで読んだり聞いたりしたことは一応尊重しながらも、自分の目で周囲をよく観察しながら行動するのがよろしかろう。常識と呼ばれているものは時間と共に変化していく。

 昔々の見聞録がそのまま丸ごと今の時代に生き続けていると頭から信じ切ってると、時として裏切られることもある。

 

 

 

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2012年8月 3日 (金)

フランス人は風呂が嫌いか

 Do you take a bath everry day? と、英語でもフランス語でもいいが、フランス人に聞いて、yesと答えが返ってくる確率はきわめて低い。

 げっ、(やっぱり)と眉をひそめる向きも多かろう。

 take a bath / prendre un bain とは、湯船に浸かることを意味する。
 フランスで毎日湯船に浸かる習慣は決して一般的でない。

 バスタブなしのホテルなんて、フランス中に掃いて捨てるほどある。と言うより、その方が多い。アパートでも、浴槽なしなんて珍しくもない。

 古い建物になると、シャワーすらない物件もある。
 ワタシはこうして自力でシャワールームを部屋にあつらえた、なんて紹介記事もある。

 昔は広いアパルトマンだったのをぶつ切りにして分譲したためにそうなったというケースも少なからずあろうが、いずれにせよ、そんな部屋でも受け入れられる土壌があるというのは事実。

 それでもさすがに、シャワールームがないホテルやアパートは例外だろう。

 「毎日シャワーを使うか」と質問を変えてみれば、yesの確率は格段に高くなる。

 ちょっと気の利いた連中になると、ディナーの前には一旦シャワーで汗を流し、こざっぱりしてから出かけたりする。

 それでもやっぱり、毎日シャワーを使うわけでもないといった類の連中も少なくはない。

 それを「汚い」と見るのは、モンスーン気候の中に暮らす人種の勝手偏見というものだろう。

 そりゃ、ま、日本で暮らしてりゃ一日の終わりにはじわっと汗ばんでて、風呂に入らなければさっぱりしない。が、その感覚をそのまま乾燥気候に住む連中に投影しようとしても、無理がある。

 何を隠そうぼくだって、自慢じゃないが、パリで暮らしてる頃は二日や三日シャワーも浴びないことが無かったわけではない。

 少しばかり前に、日本人女子大生による「私の一日」というようなタイトルのweb動画投稿を見てしまったことがある。

 たどたどしい英語で、
  私は一人暮らしです・・・から始まって
  朝起きます。
  朝食はこんなん食べてます。
  学校に行きます(チャリで登校する風景)
  学校での風景
  帰ってから夕食
  お風呂に入ります。
  勿体ないから風呂の湯は抜かずに明日も使います(と、湯を張った浴槽の画像)
  ・・・

 みたいな、全く意味不明、目的不明のビデオだったんだが、これを見たフランス人の反応が、
 「ゲゲッ、同じ風呂の湯を翌日も使うのかぁ!信じられん」
 だった。

 何故「ゲゲッ」なのか、分かるよね。

 このビデオには、彼女が洗い場で身体を洗っている場面はなかった。
 あったなら、ぼくももう少し好意的に書くんだが、いや、それはともかく、

 ご承知のように、西洋式風呂には洗い場というものがない。浴槽の中で身体を洗う。

 その湯を翌日も・・・と見られてもしようがない。このビデオを投稿したお嬢様は、そんなことさえ知らずにいたのだろう。

 民族、国、地域、家庭、みなそれぞれに「常識」を持っている。「常識」であるが故にいちいち意識にも上らない。それが当然だと信じ切っている。

 先の戦争で、捕虜の食事の貧弱さに哀れを抱き、乏しい自分の食事の中からゴボウを分けてやった日本人兵士が敗戦後、その南方の地の戦犯裁判で死刑を宣告された。

 食事を分けてもらったオランダ人兵士がその兵士を「捕虜虐待」として告発したからだ。

 曰く、「木の根を食べろと強要された」

 こんな他愛ない日常感覚の相違ですら、いや、それだからこそ、ぼくらは時として、互いにとんでもない行き違いの森に迷い込んでしまうことがある。

 

 

 ご参考:パリの銭湯 Bains-douches municipaux

 

 

 

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2012年8月 2日 (木)

中島みゆきとユーミン

 知人の最近のblogに、こうあった。

高校時代の友人とカラオケに行くといつも思うことがある。

ユーミンを歌う人がまったくいない。

私自身、ユーミンはあまり好きではない。都会的すぎるのだ。ファショナブルすぎるのだ。

それに比べて中島みゆきは北海道出身だからか、地に足がついたような気がする。悪く言えば泥臭い。なんせ「恨み節」という歌もあるくらい。 

 荒井由美はぼくが大好きな歌手の一人。でも松任谷になってから以降は聞く気がしない。

 荒井由美に限って言うなら、彼女の歌はポップアートなんだろうな、歌詞も曲想も。

この道はまるで滑走路 夜空に続く

 今となっては、ベタなフレーズ。だけどぼくは、初めて聞いた時の新鮮な衝撃を忘れない。

 松任谷由実になってから・・・と書いたけど、「守ってあげたい」は松任谷になってからだったか?

 十年以上前だけど、職場の慰安会のバスの中でこれを熱唱してる女の子がいた。きっといいお嫁さんになるだろうなと、その時思った。

 こんな歌詞を本気で歌える女の子って、今どれくらいいるんだろう。(いや、ま、おばはんでもええんですけど)

 中島みゆきを語り出したら、止まりません。

 だから、一言だけにとどめておこう。

 彼女の歌は暗いとか恨み節とか言われるけど、実は皆、ほとんどが応援歌なのだよ、と。

 

 

 

 

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2012年8月 1日 (水)

フランスで入手しにくいもの

 先ず、カッターシャツを日本から持って行くのは鉄則。

 手足の長い西洋人。フランスで自分に合うシャツや上着を買うのは至難の業。とにかく腕の部分が長い。シャツは袖口の部分を折り曲げても、まだ余る。

 初回フランスに赴任した折、気に入った革ジャンパーがあった。当時の円換算レートで、当時未だ二十代のガキンチョが買うような値段じゃなかったが、どうしても欲しかった。

 二度袖直しをして、それでもまだ長すぎたが、これ以上詰めるのは無理だと言われ、そこで妥協せざるを得なかった。

 当時の日本人上司は、「そ~かぁ~?おれなんかこっちで買う方が丁度ええんやでー」とのたもうてた。ハイハイ、あんたはテナガザルやと内心舌を出した。

 でもズボンは何の問題もなかったョ。

  ( ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄∧ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄)えっへん!

 ・・・って、裾直しするから当たり前だが。

 二番目はステテコ。説明の必要もなかろう。

 「え゛~っ!あんたステテコなんかはいてんのぉ!そらアカンでー、そんなんはいてたら、いざという時に相手の女から幻滅されるでぇーっ!!」と忠告して下さったご婦人もいらっしゃる。

 が、なに、幻滅されたことなんて一度もない。

 それがどういう意味かなどという無粋な詮索は無用である。

 三番目が、意外なことに、パンツ。トランクスと言う方が良いのか?

 これが一般化できるのかどうか自信はないが、フランスで買ったトランクスには往生してた。

 何が困ると言って、その、なんだ、引っ張り出すための切れ込みの位置が日本製と比べ、かなり上方にシフトしているのである。

 従って、一日に必ず何度かお世話になる出入り口なのに、いつもごそごそと不自由をかこっていた。

 白人のイチモツの付いている場所は、大和男児とはだいぶ異なるのだろうか。

 ぼくは奴等のモノをつぶさに観察したことはないし、したくもないので、未だに謎のままだ。

 和洋取り混ぜて豊富な経験をお持ちのご婦人がおられたら、是非体験に裏打ちされた見解を拝聴したいものである。

 

 

 

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