« 衛生観念 | トップページ | レストラン ひらまつ パリ »

2012年8月15日 (水)

盂蘭盆会

 お盆は、地獄の釜の蓋が開いて…と昔聞かされてた。それなら、極楽往生してなさるご先祖様には無縁のお祭りということになろうが、そういうことには拘泥せずこの習俗は今日まで続いている。

 釈尊の弟子であるモッガラーナ/目蓮が、自分の母親は天上界に生まれ変わっているであろうかと天通眼で探したら、天上界どころか餓鬼界に堕し逆さ吊りの責め苦に遭っていた。
 驚き、食物を供養しようとしてもそれらはたちまち悉く燃え尽きてしまい、母親に届かない。思いあまって釈尊に相談し、教えてもらった法を施したところ、母親はたちどころに地獄から浮かび上がり昇天した。

 という話が今の盂蘭盆会の起源ということになっている。

 ところが、釈尊自身は、死者の追善供養を一般民衆に説いてはいないのである。

 学生時代に読んだきりなので正確に思い出せないのだが、古い初期仏典にこんな話があった。

 釈尊がとある村を通りかかると人々が嘆き悲しんでいる。肉親が亡くなったのだという。一人が釈尊に、天上界に生まれ変われるよう供養して欲しいと頼むと、釈尊はこう尋ねた。

 ここに池がある。そこに石を投げ込んだとする。汝等が池の周りで「石よ浮かべ石よ浮かべ」と念じて、石は浮かんで来るであろうか。

 頼んだ男が「それは無理です。石は自分の重みで沈んでいるのですから」と答えると、釈尊は「それと同じことである。人は自分の行いにより行き先が決まるのであって、それはどうしようもないのだよ」と仰った。 

 細かいところに記憶違いもあろうが、大略こういう説話だった。

 それではこの風習がどこから出てきたのかと言えば、どうやら中国で道教や儒教を混ぜ込んだものらしい。

 タイに「お盆」はあるんだろうか。インドはヒンズー教だから、インド人に聞いても仕方ない。チベットはまた特殊な進化を遂げてるし、何より中共に蹂躙弾圧されてるから、今どうなっていることやら。

 あ、んなこと言ったら、タイだって華僑が跋扈してるから、彼らの間では盆休みはあるんだろうな。

 それはそれとして、仏教起源であろうが無かろうが、祖先を敬い祀るというのは美しい風習、というよりは、当然の慣習。これが無くなったとき、自動的に日本の国体も崩壊する。

|

« 衛生観念 | トップページ | レストラン ひらまつ パリ »

文化・芸術・宗教」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1205954/46672689

この記事へのトラックバック一覧です: 盂蘭盆会:

« 衛生観念 | トップページ | レストラン ひらまつ パリ »