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2012年10月29日 (月)

電子書籍

 利に聡いはずの日本人なのに、何故電子書籍を積極的に普及させようとしないのだろう。

 ぼくは本フェチだから紙の書籍が無くなっては困るのだが、出版社の側から見ればこれほどありがたい仕組みはないだろうに。

 先ず、輪転機を動かす必要がない。この利点はとんでもなく大きい。

 チラシやカタログのコストは、流通経費を除けばこの一点に集中する。電子出版に特化するなら、印刷機を置く場所も不要。

 次に、中継ぎ店と小売りへの輸送経費が不要になる。自動的に彼らへの取り分も考えなくて良くなるから、トータルコストは下がる。

 出版元で在庫しなくて良いだけでなく、小売店からの返本もなくなる。返本が無くなれば、それを処理する費用も不要になる。

 誤植や間違いがあれば、即座に改訂できる。改訂版を購入者に無料で提供すれば喜ばれる。

 供給側にとってはよいこと尽くめ。

 利用する側から見れば、

 分厚く重たい本を小脇に抱えて持ち帰らなくても良くなる。
 でも、ね、これはこれで、本好きには結構快感だったりする。

 そもそも、この本はどれくらいの分量なのだろうという目安は、本屋に行ってその分厚さを見ればほぼ分かるのだが、電子書籍では分からんだろなー。

 何だか話題になってるから「カラマーゾフの兄弟」でも読んでみるかとダウンロードしてみたら、いつまでも延々と終わりがなくて怒り出す奴も出てくるだろう。

 分厚い本というのは、栞を挟むたびに「ああ、オレはここまで読んだんだ」という達成感を与えてくれると共に、「そろそろ場面展開がある頃ではないか」などという、推測の楽しみをも与えてくれるものなのである。

 酔っぱらって帰途に就くおとーさん達は、電車待ちの間についつい暇潰しの週刊誌を買ったりなんかするが、その購入動機がムフフグラビアがお目当てだったりすると、電車の中ではちょっと周囲の目を気にせねばならないから、あんまりおおぴらに広げたりはできない。

 しかーし、電子書籍なら、画角を絞ることで横に座っている人から自分が今見ている画像なりなんなりを見えにくくすることだってできる。

 これは朗報かと思いきや、駅の売店がみーんな電子書籍になってしまったら、幾つかの週刊誌をぱらぱらと見比べることができなくなってしまう。”ベスト・チョイス”を探すおとうさんたちには、ちょっと悲しいもんがあるかもしれない。

 いろんな強みを持っている電子書籍ではあるが、ぼくら日本人にとって弱点がないわけでもない。

 今の電子機器では、全ての漢字を表示できないのだ。

 今のOSでは日本で使われている漢字を全て表示できないことに気付いている方は少なくないはず。新聞雑誌記事で固有名詞を現す際に「金へんに○○」みたいな書き方がしょっちゅう出てくる。

 漢字表現の多様性も、PC普及期にmicrosoftのWindowsではなくTRONを採用しておけば随分楽になったはずなのに、米国政府の恫喝にあって尻尾を巻いた日本政府は、日本国学校教育でそれまで計画していたTRONの採用を切り捨てた。

 折り曲げて読めないとか機器が重いという弱点もあるが、これらはいずれ解消されていくだろう。

 でも、紙の書籍と並行しながらヘンに電子書籍が普及していけば、その間印刷書籍はますますコストが上がっていくだろうから、ぼくみたいな旧タイプの人間にはたいそう辛いことになりそうだ。

 紙フェチのぼくはあくまで印刷物の方が好き。

 ただ一点、これがあれば電子書籍を受け容れてもよいかなとも思う。

 それは、書き込みとマーカー。

 本を読みながら、自分の思いついたことを自由に書き込み、マーカーを引き、後刻それらを自由に引き出しながら、更に書き込みができるのなら、これはありがたい。

 印刷された本を読みながら、手元のPDAだかなんだかに書き込みができるなら、本を汚さなくて済む。

 ~ん、ぼくの発想は、結局紙フェチから抜け出ていないようだ。

 

 

 

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