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2012年11月

2012年11月29日 (木)

街頭演説

 通勤の行き帰り、声を張り上げる人々が目に付くようになった。

 日本わぁー、このままでぇーいいんでしょうかぁあ!
 わたしたちのぉー暮らしをぉー良くするためにぃー、
 あ、お勤めご苦労様です、
 経済をぉー活性化させぇー
 ・・・
 暮らしを守るためにわぁー、原発わぁー、廃止せねばなりません!
 あ、ご声援ありがとうございます、いってらっしゃい
 ・・・

 これまで見知りもしなかった奴らが、突如として地の底から湧いて出てきて朝夕を喧噪で破る。

 叫んでいる内容も空虚なら、その叫んでいるご本人も空虚。

 寒さに震えながら声を張り上げつつ、自分の口から空しく虚空に消えていく言葉に何の意味も価値もないことを知っているんだろう。

 というより、有り体に言ってしまえば、こんな所で中身のある演説をしても、誰も聞いてくれやしない。

 内容なんてどうでも良い。顔と名前を覚えてもらえさえすれば選挙の投票用紙に名前を書いてもらえる。

 ぼくはタレント議員というのをけーべつしてきたのだけれど、なるほど、これならテレビで顔を売った方が勝ちである。

 官僚が好き放題にしているとマスコミは知った風に批評するが、事務方を牽制するのが「国民の代表」「地域の代表」ではなかったのだろうか。

 ところで、オンブズマンという存在は皆さんご存じ。
 wikiによれば、その定義の一部は

行政権の行使が合法か否かという点だけではなく、公平・公正性の観点からも審査を行い、現行制度の改善を勧告する権能もある

 ん?

 それじゃ、議員さんって、なんなの? 

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2012年11月25日 (日)

紅葉

 これほどまでに紅葉に飢(かつ)えていたのかと、車窓の外を流れる景色を子供のように見つめ続ける自分が少し可笑しかった。

 紅葉が見られないのを随分寂しく思い始めたのは、二年ほど前からだったろうか。

 当時駐在していたパリ近郊でも、秋になれば木の葉は揃って色付きはする。でも紅く染まった木にお目に掛かることは滅多になかった。

 たまに道端でぽつりと紅葉に巡り会うことがなかったわけでもないが、それより日本の燃えるような山の色合いがたまらなく恋しくなってきていた。

 パリは市内にも郊外にも無数の公園を持っている。その悉く…とは言い過ぎだが、ともかく殆どが黄葉で、見た目の変化が乏しい。樹木の並びや高さが人工的に統一されているものだから、単調さはますます募る。

 以前に引いたことのある、「秋の日のヴィオロンのため息の」で始まるヴェルレーヌの「落葉」(Chanson d'automne=秋の歌)、

Les sanglots longs
Des violons
De l'automne
Blessent mon coeur
D'une langueur
Monotone.

 上田敏が「ひたぶるに」と訳した箇所の原文は「monotone」だった。

 勿論それが色合いのことだけを指しているわけではないが、ただただ黄色くなった葉っぱの群れがザーッと走り抜けていくだけでなく、Chantilly城館のようにそこに紅葉が混じっていたなら、白秋の「片恋」に詩想が近付いたかもしれない。

あかしやの金と赤とがちるぞえな。
かはたれの秋の光にちるぞえな。
片恋の薄着のねるのわがうれひ
曳舟の水のほとりをゆくころを。
やはらかな君が吐息のちるぞえな。

あかしやの金と赤とがちるぞえな。 

 元来それほど紅葉が好きだったわけでもない。

 琵琶湖へ向かう電車の中でふと気付いたのは、日本の山の紅葉、黄葉にはリズムがあるということだった。

 山が燃えるような紅葉が見たいからといって、行けども行けども全山紅葉一色では、色が黄色から紅に変わっただけのことで単調至極、パリと何ら変わるところはない。

 緩やかに凸凹のある山の緑の中に突如として紅葉が大きく存在を示し、尚且つ黄葉も彩りを添えているという、その変化が美しいのである。

 その彩りが 1/f ゆらぎを内包しているものなのかどうか、そこまでは知らん。知らんけど、心地よい。

 紅葉を見たいと言いながら、出不精も加勢して時機を逸するところであったが、拠ん所ない事情で琵琶湖湖畔まで日帰り往復することになってしまった。その収穫は存外大きかった。

 それっぱかりのことに気付くのにお前はこれまで馬齢を重ねてきたのかと指弾されれば面目もないが、これもしばらく故国を離れていた効用だと思えば、多少は居直っても良いかなとも思ってみたりもするのである。

 

 

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2012年11月22日 (木)

亀の呪い

 曇天のせいなのだろう、それほど寒さを感じないまま、ぼくは勤め帰りの駅を降りて自宅へ向かって歩いていた。

 ふと、自分の足取りが昔と違っていることに気付いた。

 のたのた歩いているのだ。

 数年前まで「お前の歩き方は速すぎる」と誰彼と無く苦情を承っていたというのに、今ぼくの歩みは情けないほどに遅い(とは言え、普通の人が歩く程度の速さではあるが)。

 ぼくは歩くことをそれほど厭わない人間だけど、この三年半ほどのフランス勤務の際は、車通勤で殆ど歩くことがなかった。

 アタマの働きが鈍ってきたのがトシのせいなのか、歩くことを怠ってきたせいなのかは判然としないが、それでも歩きを粗末にしたツケは幾分か回ってきているのだろう。

 歩きながらふと、その昔の深夜ラジオ、笑福亭鶴光の「恐怖」コーナーが蘇ってきた。

 以下、うろ覚えでのぼくの脚色。

それは雨の降る暗い晩だった。
二人きりでいたその時に、マサオはぼくに

「おまえ、亀の呪い」の話、しっとるけー?
と口を開いた。

ぼくは恐怖におののきながら
「し、知らん」と答えた。

マサオはぐっとぼくに近付きながら言った。
「あんなー」

ぼくは恐怖でオシッコをちびりそうになりながら、それでもマサオの言葉を待った。

「あんなー、亀は、なー・・・

 のろい ねん」

 下らん話で、スマン。

 

 

 

 

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2012年11月21日 (水)

勘弁して欲しい言葉 その2

 「アジアン」に対して虫酸が走ると吠えたら、こんな投稿を頂いた。

 

あたしゃ「認知症」という表現が大嫌いだ。

そもそも認知とは何かに対する認知であるはず。

とても広い概念なので、漠然と「認知が障害されてる」なんていわれてもね。

だったら単なる思い違いも認知症だし、鬱病も統合失調症も認知症。

そもそも「痴呆」という単語のイメージが悪い、ということで

「認知症」なる表現ができた。この言葉狩り的発想が嫌。

「障がい」もいやらしい。この手の行政用語を作る連中は「知的機能障害者」を

指して「あの人は知的があるから」などと気持ち悪い言い方をする。

(「障害」を省略しているのだ!)

何のことはない、自分の差別意識を糊塗するために言葉狩りを行っているのだ。

 投稿子は現役のお医者さん。
 実はこれ以前にも他で、「あれは、なー、お上が決めた言葉で、なー」なんて高校同期、現役医師のぼやきを聞いたことがある。

 「認知症」というコトバを初めて目にした時、意味がよく分からなかった。
 文脈から「認知障害」ってことだろうと判断はできたけど。

言葉狩り…ねぇ。

 「めくら」はいかん、「いざり」はいかん、「つんぼ」も「おし」も、いかん。
 「ちょーせんじん」も「したうけ」もいかん。

 何故なら、それらは差別用語だからだと言う。

 身体上の傷害者に対しては「~の不自由な人」と言うべし。
 そっかぁ~?それ、却って差別を助長してないか?

 「朝鮮人」も「下請け」も尊敬すべき存在として感じているワシの感覚をどうしてくれる! 

 英語文化圏に於ける、policemanは男だけの職業に見えるからpolice officerにすべしというのは、まだ分からんでもないが。

 「老人呆け」てのは、ぼくはむしろ愛着すべき言葉であろうかと思う。

 「呆け」には、「本人は幸せなんだよね」という意味が込められていると捉えるのは間違いだろうか。

 「呆け」がいかんなら、「ボケとツッコミ」という漫才用語もアカンことになるなあ。「脳天気」て言葉もそのうち×になるのだろうか。

 

 

 

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2012年11月18日 (日)

勘弁してほしい言葉 アジアン

 アジアン・テイストとかアジアン・ミュージックてな言葉を聞くと虫酸が走る。

 誰が最初に言い出したのか知らんが、Asianは「エイジャン」だろうが!!

 Asiaの英語発音は「アジア」ではないぞ!

 そんな些細なことに吠えるのもトシのせいではあろうけど、「アジアン」という響き、どうにも音そのものが気に喰わんというのも一役買っている。勿論それは多分にぼくの個人的趣味の問題ではあるけど。

 昔からそういう些細なことにいろいろ引っ掛かってきた。

 「すごい綺麗」、「すごい大変」。

 形容詞と副詞の違いを無視したこの使い方、初めて聞いた当時は、もう全身むず痒くなるような感じだったのである、誇張なしに。
 違和感なしで使える連中の語感を、心底疑った。

 コラボってのも気に食わない言葉の一つだった。

 そもそも「ミュージシャン」てな言い方が大嫌いで、多分その「ミュージシャン」連中が使い始めたのが「コラボ」だったような気がするが、きちんと追っかけてないので断言はできない。

 買い物をしたときレジで、「千円『から』でよろし『かった』でしょうか」と初めて言われたときの戸惑いは今でも覚えている。
 気持ちの悪い日本語ではあったが、その場では何となく意味が分かったのでそのままやり過ごしたのだが、これについては後から随分いろいろと考えた。

 298円のものを買うのにレジで千円札を出す。レジ係は702円の釣り銭を用意しようとしたら、小銭を処分しようとして財布の中を引っかき回してた奴が突然「あ、8円ある」と慌てて付け足すといったような例が少なくなかったんだろう。

 レジ係が釣り銭を用意する前に予め
 「本決済に於いて、決済基準は今差し出された千円とするが、それで宜しいか」
 と確認するために開発された言い回しなのだろう。

 他にも気に喰わない言葉の言い回しは沢山あったが、悲しいことに、反発していたそれらの言葉に今ではすっかり慣れきってしまった。

 もう、「すごいたくさん」と言われても気にも留めない。

 語感というものはそういう風に変わっていくものなのであろう。

 にしても、今現在どうしても、「アジアン」は、語感の面からも許せない。

 それでもそのうちこれが定着してしまえば、何とも思わなくなってしまうのだろう。我ながら情けないと思う。

 昔、ジュディ・オングの「魅せられて」という歌があった。

 その歌詞の中に

 ”Wind is blowing from the Aegean”

 てのがあって、ぼくの耳には「Aegean」の部分が「エージャン」と聞こえていた。
 だから、この風はアジアの風だと思っていた。

 エージャンとぼくに聞こえていた部分は実はエーゲ海(イージャン)だと知ったのは、だいぶ後になってからである。

 

 

 

 

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2012年11月17日 (土)

日本のマスコミって、皆芸能雑誌なんだ その2

 衆議院の定数是正約束と引き替えに、日本国現職総理が衆院解散を党首討論会の場で唐突に披露した。

 なんだかおかしくない?

 国政の行方というものは是々非々の議論の末に採択されるべきものであろうに、「首を差し出すから賛成してよ」って、どういうことだろう。

 野党は、法案の内容はいいんだけど嫌がらせで廃案にしてやるという態度でいたということになるのではないだろうか。

 その後のマスコミ報道も、誰と誰がくっついて誰が別れたとかいう記事ばかりで、まるで河原乞食芸能人の扱いと同じ。

 特に今のような時代、各政党の重鎮に「あなたはどういう政策を以て国を引っ張ろうとしているのか」と真正面から問いかけてその答えを国民に伝えるのがマスコミの役目だろうに、まるで関心なきが如し。

 「公約なんてどうせ守らないんだから、どうでもいいよ」という感覚を国民に植え付けてしまった日本のマスコミの罪は重い。

 フランス人はお喋り好き。だからこそ、政治家は自分の発言に責任を持たされ、フランスのマスコミは公約の遂行を厳しくチェックして報道している。

 それが当たり前だとぼくは思うのだけれど、日本の社会ではムラ意識がどうしても抜けないらしい。

 小泉が首相だった頃彼のパフォーマンスを「小泉劇場」とマスコミは揶揄していたが、それを助長したのが他ならぬマスコミであった。「絵になる」ものばかり追い求めている。もちょっとひどい言葉で言わせてもらうなら、愚民愚衆が飛びつきそうな材料ばかり、と言い換えても良い。

 この選挙で自民党が政権を握ったら、或いは民主党が再び政権を握ったら、日本はどう変わっていくのか、そんな議論が表に出てきているのだろうか。単にぼくが知らないだけ?

 「維新の会」ってのが何を目指し、何がどう変わるのかはっきり分かっている人って、どの程度いるのだろう。

 石原慎太郎が、これまで東京都知事をやっていたこと自体が不思議だがそれはさておき、突如知事の席を放り出した。その後釜の有力候補の一人に「そのまんま東」がいるのだが、これに対する日本のマスコミはもっぱら前回の選挙での得票率を挙げて、今度も出るのかなー、出ないのかなー、当選するかなー、やっぱ駄目やろかと下馬評を並べるだけ。それでよいなら、中学生にでもできる。

 都知事選に出る「可能性はゼロではありません」なんて言ってるヤツに対して、政策は何だと正面からぶつける気のない日本のマスコミって、一体何だろう。深読みすれば、大衆なんてどうせ何も考えてやしないと、頭からバカにしているのかもしれないが。

 いや、ぼくが何も知らないだけかもしれません。本当はそれぞれきちっと政策公約が出ていて、ぼくがそれを知らんだけなのかもしれない。

 単にぼくが無知なだけ、
 そうであることを願います。

 

 

 

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2012年11月16日 (金)

Bugarach ビュガラッシュ

 そういう村の存在を知らなかった。

Bugarach2

 昨日のTF1によれば、マヤ暦の最終日が近づいてきた今、人口200人のこの小さな村に続々と人が押しかけ始めているそうだ。

 その最終日にここにいれば人類滅亡から救われる、という説を流布したのは誰かは知らないが、少なくともアメリカの神秘主義新興宗教団体が大挙してやってきているのは確からしい。民宿も殆ど予約で一杯。

Bugarach

 この村のそばに特異な形をした山がある。

Bugarach3

 ここはUFOウォッチャーには有名な場所で、宇宙人を見たという説もあるとか。  

Bugarach4

 この山には無数の洞窟があり、そこに宇宙人の秘密基地があると人々は密かに噂している。

 そんな騒ぎに迷惑していると村長は語る。

 冬の山道は当然凍結するのだが、12月21日にこの山に登ろうとする連中が多数出てくることを見込み、安全確保のため警察は、当日の立ち入り禁止区域を設定した。

Bugarach5

 う~む、惜しいことをしたな。パリ滞在中に知っていたなら、行ってみたかもしれないのに。

 

 

 

 

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2012年11月13日 (火)

風呂

 今どきの風呂は、スイッチ一つで湯張りから湯温調整まで全部やってくれる。追い炊きも自由自在だ。

 子供の頃の風呂は木の桶だった。

 水を張るのはさすがに井戸ではなくて水道だったが、風呂桶に丁度水が溜まる頃を見計らって水道の栓を止めに行かねばならなかった。風呂の準備を命じられ、水道の栓を開きっぱなしで他のことに気を取られ、水を風呂桶から溢れさせたことが何度もあった。

 風呂桶の内側中程には、腰を掛けられるような段が付いていた。その腰掛けの中には釜が入っていた。

 釜に石炭をくべ、湯を沸かすのである。湯温調節は熱くなった湯に水を足すことでしかできなかった。

 親父は熱い湯が好きだった。とても耐えられないような熱い湯に何度も入れられた。すぐに上がろうとすると、「十秒数えてから出ろ」と言われ、「イチニサンシ!!!」と早口で数え「じゅう~!」と飛び出そうとすると決まって、「早すぎる。数え直し」と再び命が下った。

 熱い湯に我慢して入るのが男らしいことだと思い込んでしまったのは、この幼少期の体験によるものだ。

 風呂場の隣は物置で、風呂釜の石炭のくべ口はそこにあった。

 最初に火を入れる時は、先ず新聞紙と木で火を起こしてから、そこへ石炭を少しずつ放り込む。石炭に一旦火が付けば、あとは少しずつ石炭を継ぎ足して火が消えないようにする。

 だから風呂に入ったら、上がる前に風呂場から出て物置へ回り、スコップ一掬いの石炭を釜にくべるのがマナーだったのだが、今から半世紀も前の家屋である。今どきのように断熱が行き届いているわけもない。ましてや物置である。

 冬の寒いときには時々それをさぼり、あとから、「釜の火が消えてお湯が冷たくなってしまった」と母にこぼされたことが何度かあった。

 はっきりと覚えているわけではないのだが、「入る前にちゃんと火を確認しないからだーい」と憎まれ口を叩いたことがあったような気もする。

 ぼくの親不孝は筋金入りらしい。

 

 

 

 

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2012年11月11日 (日)

シルビアクリステル 半跏思惟像

 シルビアクリステルが先月死去した。
 と言っても、若い人はご存じないかもしれない。

 オランダ人だが、フランス映画「エマニエル夫人」で一世を風靡した。

 特にこの映画に思い入れがあるわけではないが、宣伝用のポスターを作ったのがどんな人物だったのかが気になる。

 単なる偶然にしては、ポスター写真のポーズが弥勒菩薩半跏思惟像にあまりに酷似している。

 

 

 

 

 

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2012年11月10日 (土)

パリの銭湯 Bains-douches municipaux

 パリには公共銭湯が幾つかある。
 「銭湯」と書いたが、無料なので正しくは「無銭湯」と言うべきか。

 Bain_douche

 その無銭湯、ロッカールームみたいに扉が並び、中でシャワーを浴びる。

Bain_douche_2

 利用者の中には大きなバッグを持ってくる人もいるという。バッグの中には身の回りのもの一切が入っている。いわゆるホームレスである。

 学生も来る。賃貸料の安い屋根裏部屋にはシャワーの設備が無いところが多いからである。

 お金に不自由している人々ばかりではない。人品賤しからぬ人々も訪れる。このおじさんはずっとこの浴場に通っているという。風呂のないアパートに住み続けているから。

Bain_douche_3

 定期的に訪れていれば顔なじみもできる。

Bain_douche_4

 こういった公衆浴場がローマ時代からの流れをくむものなのかどうかは知らないが、今のような形で整備され始めたのは19世紀の終わり頃から。

 オスマンによるパリ大改造が行われたとは言え、水道設備のないアパートが未だ大多数だったのだろう。公衆衛生のために浴場が整備された。

 逆に言えば、江戸時代の末期までパリの一般住民、少なくとも下層階級は、風呂に入るという習慣を持ち合わせていなかったことになる。

 ゴミは全て道路に放り投げ捨てられ、その残飯処理のために豚が放し飼いにされていた当時の街角の光景を想像すれば、風呂を云々する以前の衛生状態だったことがうかがえよう。

 蛮族でしかなかったガリア(ゴール)人はローマに征服されることにより文明を知ったのだが、その光はごく一部の特権階級にのみ降り注ぎ、大衆はほとんど蛮族のまま置き去りにされていた。

 って、単なる風呂の話なのに大風呂敷を広げてもいかんな。
 頓首。

 尚、Bains-douches と銘打たれているが、湯船(bain)はない。

 

 

 

 

 

 

 

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2012年11月 8日 (木)

マルセイユは物騒な町になってしまった

 カラシニコフという銃の名は以前から聞き覚えがあるにはあったが、脳味噌に叩き込まれたのは去年辺りからだったろうか。

 マルセイユ地域で銃撃戦がちょいちょい行われるようになり、報道には決まってこの銃の名が出てくる。マルセイユではもはや、ナイフはカラシニコフに取って代わられたとまで言われる。

 以前は銃撃戦は夜間だけだったのだが、先月、白昼堂々というか午後一時過ぎ、街中の人のいるカフェテラスで殺人が発生したのには魂消た。
 今年だけで既に二十四名殺されているという。

 争いのタネは勿論麻薬。北アフリカからの移民の多いこの地域の失業率は高い。

 加えてスリ、ひったくりは花盛り。

 パリの電車内で首に付けているネックレスを引きちぎられそうになった知り合いの話を以前書いたが、バイクを使った同様の手口がマルセイユ地域で横行しているとFR2が報じていた。狙われるのは旅行者だけではない。

 いきなり首輪を掴んで引きちぎられるのだから転倒するケースも多く、危険きわまりない。

 若い連中の集団が幾つかあって、戦利品はすぐに「バイヤー」の手に渡るから物的証拠が残りにくい。

 地中海を挟んだモロッコでは金の売買が盛んだそうな。金のネックレスを鋳つぶして販売しているケースもあるという。マルセイユとの間に太いルートが確立しているのだろう。

 警官も手をこまねいているわけではなく、あちこちに防犯カメラが設置されてはいるのだが、この手の犯罪は時節柄、そう簡単に無くなるとも思えない。

 

 

 

 

 

 

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2012年11月 6日 (火)

l'"essentiel", c'est qu'on"parle de compétitivité"

 「競争力」を抜きにしては語れない。

 フランスのテレビ局FR2に出演した投資局総裁 Louis Gallois(ルイ・ガロワ)はこう言った。

 この compétitivité 競争力という単語が最近やたらに耳に付く。

 起亜、現代といった韓国自動車勢の台頭を抑えようとのフランス政府提言が欧州委員会に冷笑で受け流されたことは記憶に新しい。欧州向け「韓国製」自動車は東欧で生産されている。アンタら「フランス車」も東欧で生産してるじゃないか、と。

 日本から輸出されたテレビやビデオデッキの通関をいきなり、港ではなく内陸部のポワチエに移して手続きに一ヶ月以上掛けたり、日本車のシェアを3%以下に押さえ込んだりした四半世紀前とは、状況は明らかに異なっているというのに。

 フランスの失業率が依然として深刻な状況から抜け出せないで居るのは事実だが、それはよそ者に市場を奪われているというより、資本が国外に逃げ出しているためでもある。

 間接税を引き上げ、そのアガリで公務員を増やして失業率を抑えるなんて、目先の数字をいじるだけであり、社会不安は増すだけだという事実に政府も漸く気付き始めたようで、今度は企業負担を軽減する方向に舵を切ろうとしている。

 フランス社会党がもしホンキで社会主義を信奉しているとすれば、企業優遇ともとれる施策の検討は、苦渋に満ちた或いは破れかぶれの心境なのかもしれない。

 しかしながら、EUという広大な範囲に市場を開放し、その中にいわゆる「旧東側」という貧乏な国々が含まれていれば、資本は労働力の安い方に雪崩を打って移動し、資本が移動すれば労働者の居場所が無くなるのは自明の理であった。

 ぼくら消費者は、同じ買うなら安い方が良いに決まっている。安くモノを調達したければ、より低賃金の国で作ればよい。そういう国の人々は一般にぼくらより貧しい暮らしをしているから、僅かな賃金で働いてくれる。

 そうやって浮いたお金を、ぼくらはより快適な生活へと振り向ける。

 ん?これ結局、「搾取」と紙一重なんじゃないか?

 ガロワ氏は、「この十年間で企業の利益は30%から20%に落ちた」とも言った。それが粗利を指すなら、憂慮すべき事態ではあろう。

 利益を改善するためには、価格競争に巻き込まれないものを作るか、固定費、就中人件費を抑えるか、だが、労働賃金の最頻値は最低賃金前後に集中している。だとすれば、人件費を押さえ込むには幹部連中のとんでもない給料に手を付けるのが早道だろうが、さてそこまで踏み込めるかどうか。

 

 

 

 

 

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2012年11月 4日 (日)

web接続にはご用心

 アンチ・ウィルスソフトをようやく新たに買い求め、インストールした。
 今のPCを購入した時にオマケで付いていたアンチ・ウィルスソフトの期限が切れたからだ。新たに購入したのは、そのオマケとは別の製品だった。

 購入PCにくっついてきたアンチ・ウィルスソフトは、「クラウド」対応を声高らかに謳っている。クラウドだから軽い、クラウドだからいつも最新。

 この「クラウド」という宣伝文句が、どうも性に合わない。

 クラウドという言葉が使われる時は大抵必ずこんな風に書かれてる
 「アナタのデータをクラウドでお預かりします」、「処理は全てクラウドで行います」

 PC、webの世界で使われている「クラウド」は、そもそも「雲の向こう側で自分には見えない処理」てのがその語の成り立ち。

 要するに、「アナタのハードディスクのはたらきを、どこの誰とも分からん外部サーバーでやりまっせ」という意味合いで、何故に皆さん、それほどまでに他人を信じられるのか、信じられない。

 実際、業務用データを全てその「クラウド」に預けていたら、データを預かっている会社がメンテの手違いで預かりデータをぜ~んぶ消しちゃったという悲惨な事故も発生している。

  幸い手書きの元データが残っていたからデータ復旧は不可能ではないけど、顧客からの問い合わせに迅速に対応できなくて混乱しているという被害企業の顛末記事を見て、悪いけどぼくは、その被害にあった企業に同情する気にはなれない。大事なデータは自分で管理するのが原則だよ。

 ま、そんなこともあって、オマケではない別会社のアンチ・ウィルスソフトを導入したわけであるが、PCを再起動したらいきなり「××が外部サーバに接続していようとしています。許可しますか?」との警告が出た。

 見覚えのないexeファイル(実行プログラム)。名前から見て悪さをするようなものではなさそうだが、「発行元不明」とある。名称を控え後刻調べてみたら、プリ・インストールされているプログラムだった。

 プリ・インストールされているプログラムだから、当然オマケのアンチ・ウィルスソフトもその挙動を妨げない。
 悪さをするものではないとはいえ、勝手に外部サーバーに接続するんじゃねー!!

 勿論即刻接続を断ち切ったのだが、もっと恐ろしい話がある。

 中国製造のパソコンには、工場出荷時、既に悪意のあるプログラムが仕込まれているものがあるということが、マイクロソフト社の調査で分かったというのだ。

 マイクロソフト社が中国国内の異なった地域の販売店で購入したパソコン20台の内4台に、外部遠隔操作を可能とするマルウェアが仕込まれていたとのことである。電源を入れるとすぐにヤバイ サイトに接続されるようになっていたらしい。

 何故かその事実(かどうかは今でもぼくには不明なのだが)は、IT MediaとかPC Watcherといったパソコン系の記事には出てこず、ネタかいなと思っていたら、BBCがそれを報道していたから、おそらく事実なんだろう。※

 パソコンの世界では最早常識となってしまっている「at your own risk」だけど、新品で買ったPCにまでマルウェアが仕込まれてる可能性があるなんて、ここまでやられてしまうと、ちと、かなんなー。

 ※  Microsoft Finds Nitol Botnet Malware Pre-Installed On PCs At Factories
 http://www.bbc.co.uk/news/technology-19585433

 ものぐさな方のために、BBCの当該記事を以下テキストスタイルで。

Malware inserted on PC production lines, says study
Hard drive Microsoft discovered four factory fresh PCs that were pre-infected with malware
Continue reading the main story   
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Cybercriminals have opened a new front in their battle to infect computers with malware - PC production lines.

Several new computers have been found carrying malware installed in the factory, suggests a Microsoft study.

One virus called Nitol found by Microsoft steals personal details to help criminals plunder online bank accounts.

Microsoft won permission from a US court to tackle the network of hijacked PCs made from Nitol-infected computers.
Domain game

In a report detailing its work to disrupt the Nitol botnet, Microsoft said the criminals behind the malicious program had exploited insecure supply chains to get viruses installed as PCs were being built.

The viruses were discovered when Microsoft digital crime investigators bought 20 PCs, 10 desktops and 10 laptops from different cities in China.

Four of the computers were infected with malicious programs even though they were fresh from the factory.

Microsoft set up and ran Operation b70 to investigate and found that the four viruses were included in counterfeit software some Chinese PC makers were installing on computers.

Nitol was the most pernicious of the viruses Microsoft caught because, as soon as the computer was turned on, it tried to contact the command and control system set up by Nitol's makers to steal data from infected machines.

Further investigation revealed that the botnet behind Nitol was being run from a web domain that had been involved in cybercrime since 2008. Also on that domain were 70,000 separate sub-domains used by 500 separate strains of malware to fool victims or steal data.

"We found malware capable of remotely turning on an infected computer's microphone and video camera, potentially giving a cybercriminal eyes and ears into a victim's home or business," said Richard Boscovich, a lawyer in Microsoft's digital crimes unit in a blogpost.

A US court has now given Microsoft permission to seize control of the web domain, 3322.org, which it claims is involved with the Nitol infections. This will allow it to filter out legitimate data and block traffic stolen by the viruses.

Peng Yong, the Chinese owner of the 3322.org domain, told the AP news agency that he knew nothing about Microsoft's legal action and said his company had a "zero tolerance" attitude towards illegal activity on the domain.

"Our policy unequivocally opposes the use of any of our domain names for malicious purposes," Peng told AP.

However, he added, the sheer number of users it had to police meant it could not be sure that all activity was legitimate.

"We currently have 2.85 million domain names and cannot exclude that individual users might be using domain names for malicious purposes," he said.

 

 

 

 

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2012年11月 3日 (土)

TGVがダダ遅れ

 パリを挟んで南北に延びるTGV路線で最高四時間ほどの遅れが出たそうな。Tgv01

 原因はなんと、電線泥棒。

Tgv3

 何とも大胆なことをしなさるものである。

Tgv2

 日本でも一時期金属類の相場が高騰して、マンホールの蓋や路上の灰皿の金属部分に至るまで盗まれたことがあったし、盗む目的で高圧電線を切ろうとして感電死したアホなガイコク人もいた。

 欧州では銅相場が高止まりしているので狙われたということになっているが、フランス国鉄ではしょっちゅう電線を盗まれており、別に目新しいことでもない。

 今回やられたのはパリを挟んだ南北二ヶ所。

Tgv5

 だから、パリを中心に見るなら二、三時間の遅れだったが、マルセイユからリールへの便が四時間遅れとなったらしい。

 それを聞いて、ああそうか、今はTGVでパリからマルセイユまで三時間で行けるのだから、フランスの南端のマルセイユから北の端のリールまでの1000キロを四時間で行けるのだなと、あらためて感心してしまった。

 ただしそれは何事もなかった時の話で、そこに四時間遅れが加われば合計八時間。

 列車運行の遅れに対して払い戻しはあるのかというと、規則で定められているわけではないらしいが、二時間遅れまでなら25%、三時間以上なら75%を払い戻してくれるらしい。

Tgv4  

 恥ずかしながらそれは知らなかった。

 四年前にボルドーへ行く途中で線路脇に降ろされて到着が随分遅れたことは先日書いたが、ボルドー駅で駅員が何やら白い封筒を降車した客に配っていたことを思い出した。

 ちょうどぼくの前でその封筒が無くなった。まさかフランス人が払い戻しをするなんて思ってもいなかったからそのまま出てしまったのだが、あれは払い戻し請求証明だったんだ。ソンしたなあ。

 

 

 

 

 

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2012年11月 1日 (木)

正座

 正座って、いつどこで始まり、いつから日本に腰を据えたんだろうか。

 唐の時代までは中国にも正座があったという説がある。しかし、遣唐使が廃止された頃、日本で既に正座が一般化していたとは思いにくい。

 茶の湯が広がり始め、狭い茶室に沢山の人が座れるように正座が普及したという説もあるが、茶の湯って、既に和服の時代じゃなかったろうか。足首まで一枚の布でくるんでしまう和服だと、もともと胡座はかきにくい。

 そういや、あぐらは胡座と書くなあ。胡とは、中国では西方異民を指すから、中国では正規の座り方ではなかったんだろう。

 東南アジアに正座はあるかと駐在していた奴等に聞いてみたが、はかばかしい答えは返ってこなかった。

 イスラム教徒が礼拝する時、ひれ伏している間は足の裏を立てているが、上体を起こした時は正座の格好になるんだっけ?

 映画「クレオパトラ」で奴隷がひれ伏す時には正座していたような記憶があるが、間違ってるかな。でも、頭を地べたに擦り付ける挨拶には、正座しかない。胡座じゃ無理だ。

 ヨガにも正座風の座り方があるから、ルーツは古いのだろうが、それを日常に取り入れているのは日本以外にどこの地方があるのだろう。

 胡座だと対面している人間が襲いかかってきた時に即座に応戦できないから、武士の時代に正座が普及したのではないかと考えてみたが、些か苦しい。

 序でながら、唐の時代辺りから中国では椅子とテーブルとベッドが普及したのに、何故日本では取り入れられなかったのだろう。

 よく分からんことが多い。

 こういう時に、与太でも良い、お気楽気ままに議論できる相手が近くにいればと、田舎暮らしを熟々寂しく思う。

 

 

 

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