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2012年11月13日 (火)

風呂

 今どきの風呂は、スイッチ一つで湯張りから湯温調整まで全部やってくれる。追い炊きも自由自在だ。

 子供の頃の風呂は木の桶だった。

 水を張るのはさすがに井戸ではなくて水道だったが、風呂桶に丁度水が溜まる頃を見計らって水道の栓を止めに行かねばならなかった。風呂の準備を命じられ、水道の栓を開きっぱなしで他のことに気を取られ、水を風呂桶から溢れさせたことが何度もあった。

 風呂桶の内側中程には、腰を掛けられるような段が付いていた。その腰掛けの中には釜が入っていた。

 釜に石炭をくべ、湯を沸かすのである。湯温調節は熱くなった湯に水を足すことでしかできなかった。

 親父は熱い湯が好きだった。とても耐えられないような熱い湯に何度も入れられた。すぐに上がろうとすると、「十秒数えてから出ろ」と言われ、「イチニサンシ!!!」と早口で数え「じゅう~!」と飛び出そうとすると決まって、「早すぎる。数え直し」と再び命が下った。

 熱い湯に我慢して入るのが男らしいことだと思い込んでしまったのは、この幼少期の体験によるものだ。

 風呂場の隣は物置で、風呂釜の石炭のくべ口はそこにあった。

 最初に火を入れる時は、先ず新聞紙と木で火を起こしてから、そこへ石炭を少しずつ放り込む。石炭に一旦火が付けば、あとは少しずつ石炭を継ぎ足して火が消えないようにする。

 だから風呂に入ったら、上がる前に風呂場から出て物置へ回り、スコップ一掬いの石炭を釜にくべるのがマナーだったのだが、今から半世紀も前の家屋である。今どきのように断熱が行き届いているわけもない。ましてや物置である。

 冬の寒いときには時々それをさぼり、あとから、「釜の火が消えてお湯が冷たくなってしまった」と母にこぼされたことが何度かあった。

 はっきりと覚えているわけではないのだが、「入る前にちゃんと火を確認しないからだーい」と憎まれ口を叩いたことがあったような気もする。

 ぼくの親不孝は筋金入りらしい。

 

 

 

 

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