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2013年4月18日 (木)

ボストンの「テロ」騒ぎ

 この騒ぎ、どこからも犯行声明は出ていない。単なる愉快犯の可能性がないわけでもない。 

 なのにマスコミは「テロじゃテロじゃ」と囃し立てる。
 「猫じゃ猫じゃ」じゃあるまいに。

 三十年ほど前のパリも、爆弾騒ぎに右往左往していた時期があった。
 今よりよっぽど多くの爆弾騒ぎがあった。 

 でもその頃は、「テロ」というコトバは使われていなかったように思う。

 そして、爆弾騒ぎがあれば必ず、直後に犯行声明があった。「あれは俺たちがやったんだ」と。

 そらぁそうだろう。世界中で名を知られた都市で何の関係もない市民を巻き添えにする騒ぎを起こすのは、自らの存在を誇示するためでしかあり得ない。さもなくば、単なる愉快犯。愉快犯を「テロリスト」とは呼ばないだろう。

 テロ=アラブ・イスラムという図式を全世界に刷り込むのに躍起となったのが、小僧の方のブッシュ。 

 それでもせっせと励んだ努力の甲斐あって、アメリカが「テロ!」と叫ぶだけで、「お、アルカイダやな」と、アラブ圏を除く全世界の人々が、パブロフの犬のように反射を見せるように訓練できたのは御同慶の至りである。

 日経電子版2013/4/17付 

米本土でテロの犠牲者が出るのは2001年9月の同時テロ以来。爆弾事件は、米国が抱える「テロ」のリスクを浮き彫りにした。

ヘーゲル国防長官は…「残忍なテロ行為」と明言。そのうえで、今も犯人像や事件の背景などを把握できていないことを認めた。

 そしてこの記事の締め括りが 

アルカイダの活動が北アフリカなどで活発になり、反米テロも相次ぐなか、今度は米本土で再びテロの脅威にさらされた。

 犯人像も背景も分かっていないと言いながら、「残忍なテロ行為」と発言する米国国務長官もナンだが、その意を汲み取って増幅したとしか思えないこの記事の書き出しと結語。

 もの凄く曖昧な書き方をしながら、それでもはっきりと方向を指し示している担当者の筆力は賞賛に値しよう。

 だからこそ、真実が何であるかを掘り下げようとはしない憶測記事よりも単なる提灯記事よりも、遙かにタチの悪い意図を持った「誘導」に見えてしまうのは、ぼくが臍曲がりだから?

 

 

 

 

 

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