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2013年9月16日 (月)

敬老の日

 なんて言葉、もう誰も気にしないんだろうな。マスコミも滅多に口にしなくなった。

 もうじき還暦のぼくだけど、社内外、家族を含めて誰も敬ってなんかくれない。
 それじゃ老人として敬って欲しいのかと居住まいを正して質されると、そこはそれ、びみょーなお年頃なのではありますな。

 古希なんて言葉は、そんな歳まで生き延びてるのが珍しかった時代、長生きしてきたこと自体に尊敬の念を表す言葉であって、今みたいに年寄りがうじゃうじゃいると鬱陶しいだけだろう。

 フレディ松川著「老後の大盲点」という本の最初の方にこうある。

これからの年寄りは単なるスズメ。庭に珍しい鳥がくればエサの一つも与えたくなるが、スズメがわーっと押し寄せると追い払いたくなる。

 昔々の年寄りは、家督は譲っても上皇みたいな存在であったろうし、また村のご意見番として重宝されてもいたであろう。

 それに比べて今の年寄りは息子や娘からは見捨てられ、何か言おうもんなら「ロートルは黙ってりゃいいものを」と陰口をたたかれる。

 フレディ松川氏は、だからこれからの世の中は年寄りも自立せないかんのよ、と諫める。

 子供たちに早う自立せいと偉そうに言っていた世代が、ふと気がつくと翻って自分の自立を促される順番となった。

 住みにくい世の中になったものだと溜息をつくと、ふと小説の一節が頭をよぎった。

 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

 その後にこう続く。

  住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画(え)が出来る

 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降(くだ)る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故ゆえに尊(たっ)とい。

 そうだね、もう一度腰を上げてみるか。

 次期東京オリンピックの年、2020年には、四人に一人が六十五歳以上だとか。

 とりあえずみんなで、年寄りがあのじじむさい、ババくさい服を着るのをやめさせようよ。街の人波の四分の一があのくすんだ色合いで占拠されると思うと、ぞっとする。年寄りは原色の服を着るべしという法律でも制定したらどうだろう。

 でも、そのジジババたちが猫背だと、却ってますますみすぼらしく見えるかもしれんなあ。

 でも、ね、明るい色の服を着れば、トシ食ってても皆それなりにウキウキした気分になれると思うんだけど。

 

 

 

 

 

 

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