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2013年10月 3日 (木)

出雲大社の遷宮

 今、お伊勢さんの遷宮で一部の世間はもちきりだが・・・

 出雲大社は概ね六十年程度の間隔で遷宮しているのだそうだ。

 今年がその遷宮の年に当たっていたとは知らなかった。平成25年は、お伊勢さんと出雲大社が両方とも遷宮するきわめて希な年ということになる。(出雲大社の遷宮は、きっちり六十年毎というわけではないらしい)

現在の国宝御本殿は、延享元年(1744)に御遷宮御造営され、以来、文化6年(1809)、明治14年(1881)、昭和28年(1953)と3度にわたり御遷宮御修造がお仕え継がれてきました。そして、このたび、「平成の御遷宮」をお仕え継ぎいたします。
http://www.izumooyashiro.or.jp/sengu.top.html

 出雲大社を訪れたのは、もうかれこれ四十年ほど前。その折は何の感慨もなく、「へ~」と眺めただけだったが、年を喰うに連れ、大國主命という存在がすこしずつ気になり始めた。

 「国譲り」とは、一体何であったのだろう。

 天皇家由来のお方ですら出雲大社の本殿奥には立ち入ることができないという。

 また、嘘か誠か定かではないが、大國主命の子孫は今も存在し、天皇家にたいする深い恨みを子々孫々脈々と語り伝えているという。(その昔ラジオで聞いたことなんで、その根拠たるやよう分かりませんが)

 上で引いた公式webサイトには

語り継がれた往昔の高さ16丈の〝天下無双〟の御本殿

とあり、16丈とは48メートルほどなのだが、いやいや、当初は百メートル近くにも迫る高さであったとの説もある。

 しかもそれは、奈良の大仏殿のような家屋自体がデカいものではなく、高床式で、脚が上空に伸びたその上に社が載っかっていたのだという。

 なぜそんなものが必要だったのだろう。

 天孫族と出雲族がぶつかり合い、出雲族がついに折れ、国を「譲る」ことになった。

 譲るという表現は、明治維新の江戸城無血開城を想像させるが、本当にそうであったのか。

 そうだったとするなら、当時の出雲族のリーダーを幽閉するためにそのような建築物が用意されたと考えることができようが、すこーし無理があるかな。

 出雲族は徹底抗戦のあげくリーダーを非業の死で亡くし、残された出雲族を慰撫するために、或いはそのリーダーの魂が鬼となって天孫族に仇をなすことがないように社を建てて鎮魂に努めたと考えることもできよう。

 恨みを持つ魂が容易に出てくることの無いように、或いは被征服民族がその社を中心として再び結束することの無いように、遙か天空の彼方に魂を封じ込めようとしたのだろうか。

 古事記や日本書紀では、大國主命が、高天原と同じような立派な住居を造ってくれるなら葦原中國を譲ろうと言ったとある。これは禅譲をほのめかす表現なのだけど。

 大國主命が「国譲り」をしたその国とは、葦原中國、すなわち日本国のことである。当時の日本の中心地は島根県だったの?(素戔嗚尊が放逐されたのは島根地方だったらしいけど)

 神無月・・・日本中の神様が何故か出雲の国へこぞって集まるその月に、伊勢神宮の遷宮ってのは、たまたまそうなってるんだろうか。

 誰か明快に教えてくれんかなー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コメント

いやまあ、明快にはならんでしょうね。わからんようにボカしまくって(良くいえば隠喩で)書かれてるのだから。
何だかだいっても、オオクニヌシが殺されたのは間違いないだろうし、その怨霊化を恐れて建てられたのが出雲大社なのでしょうね。あの時代にしては非常識なくらい高い建物であったのは、少し前の発掘調査で証明されたところ。
出雲には天皇家と同じくらい古い家柄の、確か千家だったか、が今でも存続しており、どころか出雲の国造(くにのみゃっこ、でなく「こくぞう」と読むのだったっけ?)が現存するらしい。ま、これは司馬遼太郎の受け売りですけどね。

投稿: ぼのぼの | 2013年10月 7日 (月) 23:48

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