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2013年11月18日 (月)

読書と照明

 三十年ほど前、初めてフランスに赴任した折、仏典を中心に随分たくさんの本を持って行った。

 日本語の本は手に入りにくかろうから、この機会にそれまで読めなかった本を読破してやろうと意気込んでいた。

 その心意気や、よし。

 が、

 それらの本は殆ど読まれることなきまま帰国便の貨物となってしまった。

 その当時は連日、夜中の11時、12時まで会社に居残ってたんだから仕方ない。土曜も出勤してたし。

 2008年、二度目の渡仏時は単身赴任ということもあり、自分の時間はたっぷりあるだろうからと、懲りもせずまたもや難しい本を持って行ったのだが・・・

 やっぱりアカンかった。

 今度は、時間のせいではない。老眼の身となってしまったぼくには、部屋の照明があまりに薄暗かったためだった。

 入ったアパートの灯りが特別暗かったわけではなかったろう。
 三十年前、若い頃には不自由しなかった光量が、今の身となっては不十分になってしまったという、ひとえに、ぼく自身の肉体的変化によるものである。

 白人の目は、もともと光に弱い。
 彼らががサングラスを掛けているのはダテではなく、降り注ぐ陽光に弱いのだ。だから、日本の大きな病院みたいに煌々と灯りが付いている場所は多くない。

 白人って、ドラキュラみたいな奴らだなあ。
 スーパーマーケットはさすがに充分明るいけど。

 そう言う環境で一番困ったのは、レストラン。メニューが読めないのである。

 ちょっとした店はたいてい光量を絞り気味で、文字を読み取れないことがしばしばあった。フランス人にだって老眼はあるだろう。それでも彼らは不自由してないらしい。

 そんなことだから部屋の光量も、ぼくには少ない程度でも丁度良いんだろう。

 ぼくだって手を拱いていたわけではない。ようやく見付けたクリプトン球100wのフロアスタンドを購入してみたのだが、これがまたいかにも「部分照明でござい」という感じで、目が草臥れてしまい、結局役立たずだった。

 とまあ、本を読まなかったことを照度のせいにしているが、ホントのところは、体力の衰えに伴い本を読み続ける気力がなくなっただけではないのだろうかと、自分でも疑っていた。

 でもね、

 帰国してからこっち、悪食のネズミよろしく訳の分からん本を片っ端から読んでいる。

 やっぱりフランスの照明はぼくには合わなかったということなんだろう。今はそう思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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