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2014年1月

2014年1月31日 (金)

ふるさと納税は、お得

 ゼイキンを納めると、特産物を送ってくれる自治体が多数存在するらしい。

 総務省のHPにはこう記載されている。

ふるさと納税とは
 都道府県・市区町村に対する寄附金のうち、2,000円を超える部分について、一定限度額まで、原則として所得税と合わせて全額が控除されます。
 なお、所得税・住民税から寄附金控除の適用を受けるためには、確定申告を行う必要があります。

 実に素っ気ないのだが、その「ふるさと納税」、自治体によってはお得なプレゼントを贈ってくれるのだそうだ。迂闊にして知らなかった。

 確定申告をして二千円を超えた分が控除ってことは、逆に言えば二千円で「ぼたん鍋セット」とか「名古屋コーチンセット」とか、「何とか鍋セット」といったものが頂けるということである。

 プレゼント実施してる自治体は村おこし・町おこしの宣伝といったスタンスなんだろうか。

 これを知ったのはつい最近なので、今年の確定申告に間に合うわけないが、ちゃんと調べてみる価値はありそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年1月28日 (火)

競走馬の名前

 昼食後の会社の休憩室で、「ご存じですか?」と話しかけられた。
 競走馬って、信じられないくらいオモロい名がありますねん、と。

 

 オキテスグメシ

 さすがに「ウソやろー!」とあとからこっそり裏取りしたら、ちゃんとおるんですな、そーゆー名の馬が。

 

 ネルトスグアサという馬もいて、この二頭、同じオーナー。

 何考えとんねん!

 しかも、と彼は続ける。

 

 パクパクモグモグっちゅーのもいてまっせ。

 笑い転げると、畳み掛けるように、
 「これ、好きですねん」

 

 アシタハシマウマ。 

 あかん、もうついていけん。これは吉本を凌駕している。

 が、ここまで来ると、そらぁもう俄然興味を持ちましたな。自分でも調べてみた。

 ちょっと首を捻ったのが、「サヴァーレ」。
 フランス語で「うまくいく」という意味だという。

 あ、”Ça va aller  (It goes well)” 、か。

 これはまともなクチ。

 キストゥヘブン

 リップヴァンウィンクル

 マツリダゴッホ

 ウォーニングムスメ

 アスキット

 ウソ

 オバサンオバサン

 カイテキセレブ

 カオパス

 ガンバッテミル

 クマチャン

 ウンノツキ

 タンスチョキン

 キヲウエタオトコ

 ソウデッセ

 こんなの見てると、「ワラワセテ」とか、「コレデイイノダ」なんて、もう凡庸に見えてくる。

 馬主は菊花賞みたいな有名レースの出走なんて考えてるんかなあ。まかり間違って出走なんて事になって、アナウンサーがうろたえるのを密かに期してるんやろか。

 「第三コーナー、トップはウンノツキ! 半馬身遅れてオバサンオバサンがこれを追う。その後ろにぴったり付けているのがガンバッテミル!アスキット、アスキットが激しく追い上げています!!」

 「オトコのロマン」には、いろんなカタチがある。

 

 

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2014年1月26日 (日)

日本茶インストラクター

 そんなものがあるんですな。NPO法人日本インストラクター教会

 初級コース=アドバイザー講座と中級コース=インストラクター講座があり、初級コースの通信教育は27,000円也。コース終了には認定試験がある。

 日本人と生まれたからには、お茶の味わい方を知っておくのも悪くはない。だけど通信教育じゃ心許ないよなー。

 ちゃんとあるんです、通いの講座が。而してその費用はというと、64,800円~70,950円。
 前者は教材費、修了試験費込み、後者は茶器(急須、湯のみ等)込みのお値段。

 平生いい加減にお茶を飲んでいるが、味わい方を知っておけば、随分世界が変わるだろうなと思わないでもない。どうせなら実習コースの方が良いだろうと思うが、悲しくも田舎暮らしなので、受講が叶わない。

 煎茶というのは蒸した生葉をていねいに揉んで捩り合わせたものだ。茶を摘む時は、木の先端と若葉2枚「一芯二葉」で摘むんだそうな。

 うまみ成分は芯に多いが、葉にも色素やその他の成分がある。そこで捩りながら水分を飛ばしつつ葉を芯に寄せる。

 茶にはいろんな種類があり、それぞれに茶葉の量、湯温、湯量、浸出時間の定めがある。

 たとえば煎茶なら、熱湯は御法度で、60~70℃程度(湯気が収まる程度)まで湯を冷まして急須に注ぎ、1~2分蒸らすというのが御作法。これが最も香りと旨みを味わえるのだとか。

 グラグラ煮え立った湯をばばーっと注いで、「緑色が出ていれば取り敢えずオッケー」みたいなわしには、到底無縁の世界である。

 だが待て、しばし。

 ふと、シャンパーニュでMUMMを訪れた時のことを思い出した。

 それまでシャンパーニュの味が全く分からなかったワシではあるが、このカーヴで味に目覚めたではないか。

 同じような手続きを経るならば、日本茶の味わいに目覚めることができるかもしれん。

 でもねー、その目覚めがシアワセなことかどうか。行き着く先は茶器にも凝るようなことになりそうな気がする。

 勿論、味わいというのは趣味の世界だから、オーディオや楽器に凝って高価な物品へ誘われていくのもそれはそれでアリなのだが。

 若い時分に一時期、コーヒーに凝ったことがある。

 自家焙煎の店で、コロンビアだとかブルーマウンテンだとかモカだとかキリマンジャロだとか、その他いろいろの豆を買ってきて、自分でブレンドの割合を工夫していた。

 豆のブレンドだけでなく、湯の注ぎ方でコーヒーの味わいが大きく変化するのがよく分かった。最終的に自分の好みのブレンドを見付けはしたのだが、豆の値段がスーパーで売ってるのとはかけ離れているのは理の当然。

 いや~こーゆーもんはね~、趣味なんだからさぁ~、カネを気にしちゃいかん・・・という若気の至りは、やはり財政的に長くは続かなかった。

 そして、インスタントコーヒーなんて不味くて飲めなくなるという副作用だけが残った。
 一年ほど前から再びインスタントコーヒーを飲むようになって、随分慣れてきたところではあるが。

 お茶の味わいを知りたいと思う気持ちは未だに強い。だけど知ってしまうと、コーヒーの二の舞になりそうな気がして、未だ一歩踏み出せないでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年1月25日 (土)

う~む、ここまで・・・

 「Yahoo 知恵袋」への投稿記事。

誰か下町ロケット読んだ人いませんか。
夏休みの課題に読書感想文が出ました。
私は文章全く書けないので参考に使おうと思います。
原稿用紙3枚分です。
居眠り先生、山田悠介でもいいです。
偽善者な回答はいりません。

できれば今日の4時頃までにお願いします。

補足
ごめんなさい言い忘れました
感想文を書いてください。お願いします。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1392429533

 世の中はここまで来てるんですねぇ sigh (←これ浪人中に、スヌーピーで知られる、チャールズ・シュルツの「ピーナッツ」英語版で覚えた)

 偉そうなことは言えん。ぼくも大学に入った年、社会科学系の本を読んでレポートを提出せよと言う宿題があり、手も足も出なくて先輩にまるまる書いてもらった経験がある。

 とは言え、今のようにwebで糞味噌問わず検索できる時代であれば、キーワード検索してあちこちつまみ食いして何とかパッチワークで仕上げる程度の知恵はあったと思う。

 フランスのTVニュースで、大学では生徒の書いたレポートがどこかのwebサイトのコピペかどうかチェックするソフトが存在すると、随分前に見たことがある。

 コピペがええとは言わんが、「下町ロケット」なんて検索すればいくらでもヒットするだろうに、この投稿者、検索する手間すら惜しんでるのね。

 何かとご多忙なのではあろう。が、こんなお方が、わしらのこれからの年金を支える世代の過半数でないことを、心から祈りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年1月22日 (水)

日記の使い方

 そんな美しい使い方があったんだ!絶句してしまった。

 パソコン用の日記ソフトを探していて、「2ch」という巨大掲示板の中で出会ったフレーズ

ぐっさんもそう言ってた

一日で一番楽しかったことを記録しておくんだって
そして1週間経ったら、その中でまた一番を決めるんだって
そして1ヶ月経ったら、その中でまた一番を決めるんだって

そうして後から振り返るとハッピーな気分で生きられるって

 webジャンキーにも天使が舞い降りることが、たまには、ある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年1月21日 (火)

ライフログ

 自分の一日の行動全てを写真に記録しておきたいって考える人、少なくないだろう。そもそもlife log なんてコトバが生まれているくらいだ。

 だいぶ以前に「memoto」という製品紹介を見たことがあった。小さなカメラで、胸元に付けておけば自動で30秒ごとに撮影を続けるという代物。

 たしかに、オレ今日一日何をしてたんだっけと、もはやボケが始まったぼくなんかが飛びつきたくなるようなオモチャである。

 実際その紹介記事を読んだ時、即座に「欲しい!」と思った。

 が、れーせーに考えてみると、睡眠時間八時間を除いて30秒毎にひたすら撮影が続くとなると、一日に二千枚近くの写真が蓄積される勘定になる。そして、それが毎日続くとなると一年間で70万枚近くに。

 どこに保存すんねん、そんな大量の写真を・・・

 勿論、「クラウド」というサービスが背後に控えている。しかも、画像を読み取ってグループ分けするようなアプリも提供するというような記事だったと記憶する。

 ほら、「記憶する」なんて曖昧なワシ。

 memotoを使っていたなら、その記事を読んでる時のPC画面が勝手に記録されているだろうから、そこから探せばいい。

 けど、探すのは簡単なのかな?百万枚を超える画像の中からどうやって探せばいいんだろう。わし、ユーザーじゃないので詳しくは分からん。

 それにしても、GPS情報が埋め込まれた写真を「クラウド=誰だか分からん他人のサーバー」に保存するということは、自分の私的生活の記録を全て他人に委ねることになる。

 スマホの電話番号とリンクされてしまおうものなら、さてどうなるんだろうか。
 これ、ね、仕掛ける側から見れば、絶対面白そうなんだけど。

 「ビッグ・ブラザー」の仕掛けも遂に集大成に至った感がある。

 そうは言うものの、このライフ・ログ、老人ボケ(認知症というコトバは好きでないので)対策に使えるかもしれない。一日の終わりに自分の行動を画像でゆっくり振り返ることで、シナプスが活性化する、なんて治療法に使えんだろうか。

 ぼくは医者じゃないので、何の根拠もない戯れ言ではありますが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年1月19日 (日)

Un demi, s’il vous plaît ナマチュー頂戴 その2

 以前、un demiってのは、1パイントの半分なんだろうと書いたが、当たらずといえども遠からず、ってところだったようだ。

 昔々、液体を計る基準はパイントではなく、「chopine」とい単位だったらしい。
 では、chopineとはとういうものでありましょうかとLarousse-on-lineさんにお伺いを立てたら、

Mesure des liquides, autrefois usitée en France, équivalent à environ un demi-litre

 「かつてフランスで使われていた容積単位で、概ね一リットルの半分」と素っ気ない。

 それじゃおもしろくないので、重ねてWikipediaにお伺いを立てると、(フランス語版wikiでは)

Une chopine est un verre à bière et une mesure de capacité pour des liquides, attestée depuis le XIIe siècle, de l'allemand Schoppen, « puisoir de brasseur ». La chopine se subdivise en deux demiards. La chopine équivaut à la moitié d'une pinte de Paris, unité de mesure désuète, soit donc un peu moins d'un demi-litre.

 すなわち、12世紀から使われている容積の単位で、ドイツ語に源があるらしい。

 こっから先、例によってジャンキー宜しく芋蔓式に関連する言葉を検索していったわけだが、煩雑になるし何の役にも立たんので、その足跡はここには書かないが、よーするに、昔ビール(液体)を計る単位があったわけである。
 そして、その単位を元にした半分を「un demi」というのだなと、何のことはない、結局ラルースの定義に戻ってしまって納得してしまったことになる。
 でも、調べ回ってる過程は結構楽しかった。

 上に、(フランス語版wikiでは)と記したのは、英語版wikiでは、chopineをこう紹介しているからだ。

A chopine is a type of women's platform shoe that was popular in the 15th, 16th and 17th centuries. Chopines were originally used as a patten, clog, or overshoe to protect the shoes and dress from mud and street soil.

 英米語の世界ではchopineてのは、15世紀から17世紀にかけて流行った、靴底の分厚い靴を指すらしい。

 これも追っかけていったら面白そうではあるが、靴底の厚さと液体体積単位の関係についてまで追求する情熱までは持ち合わせていないので、ここでお開きにする。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年1月18日 (土)

エトルタ Étretat 

 以前にエトルタのことを書いたことがあった

 FR2でエトルタを紹介していたので、懐かしくて画面のスナップショットをとった。
 単に懐古趣味で並べた画像なので、悪しからず。

Photo

Photo_8



Photo_2

 切り立った崖の上は広い野原。その中にぽつんと教会がある。ここまでは足を運ばなかった。

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 昔は漁師の町で、浜辺はこんな風景だったそうな。

Photo_4

 ここは印象派に愛されたらしい。クロード・モネもその一人。

Photo_5

 刻々と太陽の光と共に変わりゆく景色が彼らの心をとらえた。

 海洋に突き出た場所の刻限と共に移ろいゆく景色というものは、見ていて飽きない。四十年前、石垣島のカピラ湾で、美しい湾の光の移り変わりを半日じっと眺め続けていたことを思い出す。

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 ノルマンディー風の家屋。

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 自分で日没を見ることはなかったが、この画を見ると、夕刻までいれば良かったかなと、ちと心残り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年1月17日 (金)

フランス共和国大統領の<不倫>?

 フランス現大統領のオランド氏<不倫>報道はご承知の通り。

 しかし、オランド氏は法的には「独身」。お相手とされるJulie Gayetという女優、ぼくは存じ上げないが、wikiによれば、

En 2003, Julie Gayet se marie avec le cinéaste Santiago Amigorena ; ils ont deux enfants ensemble. Le couple divorce en 2006.

すなわち、子どもが二人いるが元配偶者とは2006年に離婚しているというから、こちらも独身。よって、「姦通」ではないことに・・・なるんだろう。

 そんならべつにかまわんやないかとの思いはあれ、ややこしいのはValérie Trierweilerという、これまた美しい女性の存在で、オランド氏は大統領就任以来、彼女を「ファースト・レディ」扱いしてきた。

Photo

 彼女とオランド氏の間に正式な婚姻はなく、当初二人でアメリカ訪問した際には

  (`◎△◎)!?

てな新聞記事もあったのだが、それは「事実婚」として取り敢えず受け容れられた。

 そんな経緯を持つオランドおじさんが女優にコナかけて、夜のパリの街をスクーターで駆け抜けてこちらの女性の自宅に足繁く通い(AFP)、となると、話はややこしくなる。

 現在の「事実婚」パートナーValérie Trierweilerは、公費をふんだんに使っているのだ。

Photo_2

 エリゼ宮内にこんな部屋をあてがってもらってるだけでなく、なんだか知らないが五人も人が配属されているらしい。

Photo_3

 その費用たるや毎月二百万円以上。更に、「ファーストレディ」として外国へ行ったりなんかする費用も税金で賄われるわけで。

 もともとが不安定な場所に陣取った方であるだけに、「それ、ええのん?」という声が湧き上がっても不思議ではない。

 にしても、オランドというおっさん、もともと同じ社会党の、昔は美人だったであろう面影を残すSégolène Royalとの間に複数の子をなして離婚した後に、子どもが三人いる雑誌記者のValérie Trierweilerと懇ろになり、そして今また二人の子持ちの女優さんと・・・

 む~、ヌーボーとした風貌のくせに、なかなかやるなあ。

 まあ、オンナの二人や十人口説けないようでは、国民を口説くこともできまい。

 意気込んで隠し子のことを追求しようとした記者に対しミッテランは「et, alors? (それで?)」と軽くいなし、尋ねた記者も苦笑してそれきりになったという逸話があった。

 そういうお国柄であるから、オランドもこれが致命傷になるようなことはないのだろうが、「事実婚」のあやふやさが小説さながらの切り口で露呈された一件ではなかろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年1月15日 (水)

パリの寿司屋 SUSHI GOURMET

 ラジオ・フランスのコンサート帰りにSushi-Marcheへ行ってみたら満員だった。

 それで姉妹店のSUSHI GOURMETへ行ってみることにした。

 1 rue de L'Assomption, 75016

 狭い店で「寿司屋」という雰囲気はない、というより、テイクアウトが基本なんだけど店で食べてもいいよ~的感じの店である。味は悪くない。

 鮑の造り19.5ユーロに目がいく。アン肝5ユーロもいい。前菜三点盛り合わせも頼んでみたら、フォアグラ+カモ+何かの魚のマリネ。こいつだけは洋風。アジのたたき追加。ビール小瓶一本と、日本酒大関720ml。仕上げがちらし寿司ロワイヤルと握りロワイヤル。ちらし寿司は魚満載。

 とびきりのおいしさとまでは言わないが、これで100ユーロでお釣りが来るとあっては、コスパに不足はない。

 もう三年以上前の話なので、既に日本に帰国した身には現状どうなっているか知るよしもないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年1月13日 (月)

芥川龍之介の桃太郎

 芥川龍之介が「桃太郎」を書いていたとは、恥ずかしながら知らなかった。

 桃太郎が鬼ヶ島征伐を思いついたのは、おじいさんやおばあさんのように働くのが嫌だったからであった。

 それでは、征伐されるべき鬼ヶ島の鬼たちはどういう種族であったかというと、

  鬼が島は絶海の孤島だった。が、世間の思っているように岩山ばかりだった訣(わけ)ではない。実は椰子の聳えたり、極楽鳥の囀ったりする、美しい天然の楽土だった。こういう楽土に生を享うけた鬼は勿論平和を愛していた。いや、鬼というものは元来我々人間よりも享楽的に出来上った種族らしい。瘤取りの話に出て来る鬼は一晩中踊りを踊っている。一寸法師の話に出てくる鬼も一身の危険を顧みず、物詣での姫君に見とれていたらしい。なるほど大江山の酒顛童子や羅生門の茨木童子は稀代の悪人のように思われている。しかし茨木童子などは我々の銀座を愛するように朱雀大路を愛する余り、時々そっと羅生門へ姿を露わしたのではないであろうか? 酒顛童子も大江山の岩屋に酒ばかり飲んでいたのは確かである。その女人を奪って行ったというのは――真偽はしばらく問わないにもしろ、女人自身のいう所に過ぎない。女人自身のいう所をことごとく真実と認めるのは、――わたしはこの二十年来、こういう疑問を抱いている。あの頼光や四天王はいずれも多少気違いじみた女性崇拝家ではなかったであろうか?
 鬼は熱帯的風景の中に琴を弾いたり踊りを踊ったり、古代の詩人の詩を歌ったり、頗る安穏に暮らしていた。そのまた鬼の妻や娘も機を織ったり、酒を醸したり、蘭の花束を拵らえたり、我々人間の妻や娘と少しも変らずに暮らしていた。殊にもう髪の白い、牙の脱けた鬼の母はいつも孫の守をしながら、我々人間の恐ろしさを話して聞かせなどしていたものである。――
 「お前たちも悪戯をすると、人間の島へやってしまうよ。人間の島へやられた鬼はあの昔の酒顛童子のように、きっと殺されてしまうのだからね。

 そういうところへ殴り込みをかけ、乱暴狼藉、虐殺の限りを尽くすのである。

 桃太郎はこういう罪のない鬼に建国以来の恐ろしさを与えた。鬼は金棒を忘れたなり、「人間が来たぞ」と叫びながら、亭々と聳えた椰子の間を右往左往に逃げ惑まどった。
「進め! 進め! 鬼という鬼は見つけ次第、一匹も残らず殺してしまえ!」

 とうとう鬼は降参し、全ての財宝と人質を差し出すことを約束させられた。

 鬼の酋長はもう一度額を土へすりつけた後、恐る恐る桃太郎へ質問した。
「わたくしどもはあなた様に何か無礼でも致したため、御征伐を受けたことと存じて居ります。しかし実はわたくしを始め、鬼が島の鬼はあなた様にどういう無礼を致したのやら、とんと合点が参りませぬ。ついてはその無礼の次第をお明かし下さる訣(わけ)には参りますまいか?」
 桃太郎は悠然と頷いた。
「日本一の桃太郎は犬猿雉の三匹の忠義者を召し抱えた故、鬼が島へ征伐に来たのだ。」
「ではそのお三かたをお召し抱えなすったのはどういう訣でございますか?」
「それはもとより鬼が島を征伐したいと志した故、黍団子をやっても召し抱えたのだ。――どうだ? これでもまだわからないといえば、貴様たちも皆殺してしまうぞ。」
 鬼の酋長は驚いたように、三尺ほど後ろへ飛び下さがると、いよいよまた丁寧にお時儀をした。

 芥川が諭吉の「ひゞのをしへ」の影響を受けてこれを書いたのか、単なるパロディとして書いたのか。

 世界は帝国主義真っ盛りの、大正十三年に発表された作品である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年1月12日 (日)

金色夜叉には元ネタがあった

 『金色夜叉』には,もとになった洋書がある.『読売新』に連載が始まったのが,明治三十年の元旦.その半年前,紅葉が出会った,ある恋愛小説だ.著作権意識が現代とは異なり,多くの文豪が自作の「下敷き」を洋書に求めていた時代である.無名の作者の作だが興味深いストーリーに出会った紅葉は,何のこだわりもなく,そこから「材料」を得ることにした.BerthaM.Clayというこの原作者とは,相性が良かったのだろう.紅葉がこの作者からヒントを得るのは,二年前の『不言不語』に引き続き,二度目となる.

(堀啓子 『金色夜叉』における翻案的側面 )

 なのだそうだ。

 明治と言わず半世紀ほど前でも、レコードに付随していたライナーノートなんて大抵アメリカで既に出てる何かの記事のリライトが書き連ねられてるだけだったという話を聞いたことがある。偉そうな論評をしていたブンカジンだって、概ねアメリカの出版物の受け売りで飯を食ってた時代だ。

 とは言え、今みたいに机の前でPCのキーボードを叩けば即座に何でも出てくるわけではなく、そういう元ネタを入手するにはそれなりの手間が掛かった時代でもある。

 そもそも、女が愛する貧乏な若い男と金満家のオッサンの狭間で選択に苦慮するってのは、古今東西古典的な筋書きだろうから、それが剽窃であれ換骨奪胎であれモノマネであれ、ぼくにとってはどっちゃでもええ。

 それよりも、この明治の時期の文士が既に(よしんばそれがネタを求めてであれ)洋書を読んでいたというのに少々驚かされた。

 でも、西欧の小説でこんな展開になることはあまりないだろうな。

「貫一さん!」
 無残やな、振仰ぐ宮が喉は血に塗まみれて、刃の半を貫けるなり。彼はその手を放たで苦き眼をみひらきつつ、男の顔を視んと為るを、貫一は気も漫(そぞろ)に引抱へて、
「これ宮、貴様は、まあこれは何事だ!」
 大事の刃を抜取らんと為れど、一念凝りて些とも弛めぬ女の力。
「これを放せ、よ、これを放さんか。さあ、放せと言ふに、ええ、何為なぜ放さんのだ」
「貫、貫一さん」
「おお、何だ」
「私は嬉い。もう……もう思遺す事は無い。堪忍して下すつたのですね」
「まあ、この手を放せ」
「放さない! 私はこれで安心して死ぬのです。貫一さん、ああ、もう気が遠く成つて来たから、早く、早く、赦すと言つて聞せて下さい。赦すと、赦すと言つて!」
 血は滾々と益す流れて、末期の影は次第に黯く逼れる気色。貫一は見るにも堪たへず心乱れて、
「これ、宮、確乎(しつかり)しろよ」
「あい」
「赦したぞ! もう赦した、もう堪……堪……堪忍……した!」
「貫一さん!」
「宮!」
「嬉い! 私は嬉い!」

 熱海の海岸で、ええい、金剛石(ダイヤモンド)に 目が眩んだか!とお宮を蹴倒し、来年も再来年も2月17日のこの夜は自分の涙でこの空を曇らせてみせると毒づく寛一には、読んでいてこれが明治の男かと少々げんなりしたものだが、それでも 文章を、筋書きではなく音楽のように鑑賞できる人には、大時代の言葉遣い満載の金色夜叉はお勧めの一品。

 ちなみに紅葉は、「桃太郎」の続編、「苦桃太郎」でな作品もものしているらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年1月11日 (土)

諭吉、桃太郎を叱る

 福沢諭吉が、「ひゞのをしへ」の中で桃太郎をこき下ろしている。

 もゝたろふが、おにがしまにゆきしは、たからをとりにゆくといへり。けしからぬことならずや。
 たからは、おにのだいじにして、しまいおきしものにて、たからのぬしはおになり。ぬしあるたからを、わけもなく、とりにゆくとは、もゝたろふは、ぬすびとゝもいふべき、わるものなり。
 もしまたそのおにが、いつたいわろきものにて、よのなかのさまたげをなせしことあらば、もゝたろふのゆうきにて、これをこらしむるは、はなはだよきことなれども、たからをとりてうちにかへり、おぢいさんとおばゝさんにあげたとは、たゞよくのためのしごとにて、ひれつせんばんなり。

 (改行は引用者) 出所: http://ja.wikisource.org/wiki/%E3%81%B2%E3%81%B3%E3%81%AE%E3%81%8A%E3%81%97%E3%81%88

 「怪しからぬことならずや」とか、「卑劣千万」ってのが、いいですなあ。

 これを読んで即座に思い浮かぶのが、坂口純子の「かわいそう小唄」。
 四十年以上前のことだが、テレビの深夜放送で静かな人気を呼んでいた。
 いわゆる手拍子小唄である。

 一番は浦島太郎。

浦島太郎は かわいそう
亀をたすけて 竜宮城
帰りにもらった 玉手箱
あけたとたんに おじいちゃん
(アッ、ソレ)
かわいそう かわいそう
浦島太郎は かわいそう 

 この歌の何番目だったかに桃太郎が出てくる。(歌詞の記憶があやふやだけど)

鬼さん鬼さんかわいそう
何も悪さはしないのに
ある日突然桃太郎
いじめて宝を奪い取る
(アッ、ソレ)
かわいそうかわいそう
鬼さん鬼さんかわいそう
 

 鬼さんの部分は「ひゞのをしへ」を下敷きにしていたのかなあ。

 この歌、以前はyoutubeで鑑賞できたんだけど、今はリンク切れになってしまっている。
 残念至極。

 にしても、桃太郎の側から見れば鬼ヶ島「征伐」、鬼に言わせれば紛う方無き「侵略」。
 ものごとには常に両面がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年1月 5日 (日)

消えていくパリの街なみ

 だいぶ前に、パリのあちこちがこれから変わっていくというパリ市行政の将来図を紹介したが、リンク先のパリ市広報の画像がとっくにリンク切れになってしまっていた。

 それらは主に、セーヌ河畔であったり名だたる場所の将来像だったが、我がPCに死蔵されていた昨年五月のFR2ニュースの画像が出てきたので、ちょっとだけ紹介する。

 景気のよろしくない昨今、当然商業活動も思わしくないわけで、ビジネス向けのフロアが余っている。一方、パリの住居難は相変わらずで、オフィスをアパートに改造したり、老朽化したアパートを新しく建て替えるというテーマだった。

Transformation01

Transformation06

 上の図は、オフィスを改造しているところ。

 下の図は建て替え。

Transformation08

 こうやって新たに25,000戸の住居を造っている。

Transformation09

そして、将来的にはこんな風に新しい建築物が建っていくんだそうな。

Transformation12

 「景観ぶち壊しやんか~!」と怒る勿れ。
 パリに暮らす(そして暮らしたい)人々にとって、景観は腹の足しにはならない。ホンマは巡り巡って腹の足しになっている部分もあるのだが、それはさておき。

 ぼくの祖母の家がプレハブ住宅になってしまったのを見て、「前の家の方が良かったのに」と言ったら、たまにしかこないオマエがそう言うのは勝手だが、暮らしている身にとって昔風の家は使いにくかったのだと叱られた話を以前書いた。

 数年前までぼくがパリで住んでたアパートは、コンクリート造りの、所謂「今風」だった。

 当初は、せっかくパリに住むんだから風情のある昔ながらのアパートが良かったのにと思ったこともないではない。

 が、ベルサイユ宮殿で暮らせと言われたら、どうしよう。

 召使い百人を含め、全ての維持費は不要、食費の面倒も見よう。
 ただし現在の状態を変えないのが条件、なんてオファーを受けたら・・・

 尻尾巻きます。
 やっぱ、こじんまりとした現代風の住居の方を選ぶ。(追加条件として、「単身赴任&愛人付き」が加わったなら・・・応相談・・・)

 そこに暮らす人がいる限り、街も生きている。そして暮らす人々に合わせて街も変貌していく。

 既にお年を召された方々で、<あの>パリ、のイメージを味わいたい希望がおありなら、どうぞ早い内に。

 十年後のパリの景観は、随分変わっているだろう。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年1月 4日 (土)

綴じ手帳をSDに

 ぼくがSD手帳(システムダイアリー)使いなのは、以前に書いた通り

 これだけ絶妙極まりないサイズなのに全く普及しない。普及しないどころか、もはや絶滅危惧種ではないだろうか。もう、refileを探すのも一苦労。

 (ぼくと同じような)コアなファンがいることは絶対間違いない。でも、売れてないから取扱店まで「レア化」してしまってる。

 webで注文すれば簡単に手に入りますよ、と社内の知人はこともなげにいった。。

 だよね。

 それは分かってる。ちゃんとwebサイトもあるんだから。
 なのに、web発注にはとてつもない心理的抵抗がある。時代遅れと笑われてもかましまへん。電子レンジに対峙するのと同じような不安感が拭い去れない。

 それなら月間・週間スケジュール表はもう自作する以外ないではないか。

、そこでふと、「これ、能率手帳と近似サイズじゃないかい?」と、遅まきながら気が付いた。

 そこで早速、綴じ手帳である能率手帳を分解して現物合わせでフィット具合を試してみることにした。

 能率手帳の幅はSDオリジナルより若干広い。よって、あの絶妙サイズのカバーから若干はみだしはする。するけど、それは先刻承知済み。もともとBINDEX-Nを一部併用していた時期もある。

 作戦続行。

 先ず綴じ手帳のカバーを切り取り、必要なページを外していく。

 ぼくの手元にある8穴パンチは5~6枚の穿孔能力があるらしいが、四枚ずつほどまとめて外す。

 数枚ずつまとめれば後からパンチ穴を開けるときに楽だと思ったのは、大きな失敗でございました。一枚ずつ丁寧に剥がしていくべきだったと分かったのは後刻。

 この綴じ手帳は無線綴じではあるが、流石にビジネス用とあって文庫本みたいに単に糊だけで綴じられているわけではなく、背面に糸クロスが誂えてある。糊も硬い。

 本来なら表紙を剥がした後、サンダーで糊の部分を削り落とせば万全なのだが、あいにく手元にない。

 そんなことでいつものようにてきとーにやっつけ仕事をしたら、パンチ穴を開ける段階で残った糊が微妙に邪魔。まあ、穴は八つもあるから多少破れても大丈夫だろうとそのままバインダーへ。

 概ねうまいこといったなと我が着想に自己満足を覚えながら手帳を開いてみた。すると、四枚ずつくっついたページがきれいに開かん!

 てことで、せっかくバインダーに綴じたページを再び外して、一枚一枚剥がす羽目となってしまった。

 やっつけ仕事だから諸事万端万全至極というわけにはいかないが、、とにもかくにもダイアリーは使えるようになった。

 将来的に8穴パンチの寿命がいかほどかが不明なのだが、いざとなりゃゲージパンチで穴開けという最終手段も残っている。(穴径がかなり大きくなるのがネックだが)

 月間および週間リフィルを買うと千四、五百円かかるのだから、市販の手帳一冊を潰しても割は合う。

 てなことで、もうしばらくSD手帳と付き合えそう。

 後日談はこちら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年1月 3日 (金)

COMBAT (丘は血に染まった)

 正月二日、例によってPCにかじりついていたらこの作品がwebにアップされているのに気付いた。

 前編・後編という仕立てである。見始めたときは既に深夜になっていたが、一旦見始めたら止められなくなってしまった。

 ストーリーの大枠は、遮るものが何一つ無い緩やかな広い丘陵の上にドイツ軍のトーチカが二つあり、そこをなんとしても奪取せよとの本部命令。

 ま、ほとんど203高地作戦ですな。

 オリジナルタイトルは「HILLS FOR HEROES」。

 COMBATシリーズを初めて見た60年代の頃は、単に「戦争モン」としてしか見ていなかった。勿論小学生並みの感性で人間性の機微を感じなかったわけではない。

 が、今回、無理無体な作戦本部の指令にも、ほとんどアカンやろと内心思いつつも二度三度と突撃と後退の繰り返しを命じなければならない(そして戦死者が増えていく)ヘンリー少尉の苦悩にも、いちいち頷きながら頭を垂れていたのは、自分のトシと経験が大きく作用している。

 あの当時のぼくだったら、この作品のラストシーンでぽろぽろと涙を流すことはなかった(と思う)。

 学生時代には、歳をとらんと分からんこともあるという諭し方に強い反発を覚えていたぼくではあるが、今になって、やっぱり同じことを若い連中に言う。ホントのところは分かってもらえんやろなとは思いつつ。

 この「コンバット」シリーズの日本語吹き替え版を、奇特な方が幾つかyoutubeにアップして下さっている。

 興味のある方は、「TV-COMBAT 日本語」で検索して下され。

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 以下、「HILLS FOR HEROES/丘は血に染まった」のラストシーンを自分の備忘録のために書き留めておくけど、この話を見ようと思っている方は、ネタバレになるので読まないように。

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(トーチかを遂に二つとも打ち破り、歓喜の声を上げて丘を上ろうとする隊員にヘンリー少尉が撤退を告げる)

カービー: じょ、冗談でしょ

ケーリー: 道はどうするんです? 
       とれっていったでしょう。それをとったんですよ!

ヘンリー: 降りてこい

リトル・ジョン: 嫌だ!
          ここは俺たちの丘だ。おれたちみんなで獲ったんだ!

ヘンリー: 降りてこい

カービー: ここを降りられると思いますか? 
       この射手はぼやきながらも一生懸命やった。
       だけどこいつはもう降りられねえんだ。
       統計屋だって降りられねえ、それにモーガンだって・・・。
       なのにどうして俺たちが降りていけますか!

ヘンリー: ・・・降りて・・・こい・・・

 ヘンリー少尉のただ 「降りてこい」 だけの繰り返しに、これまでの命のやりとり全てが凝縮される。

 カービー、ケーリー、リトル・ジョンの絞り出すような台詞。今読み直してみても、やっぱ、泣ける・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014年1月 1日 (水)

新年のご挨拶

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