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2014年11月19日 (水)

subliminal サブリミナル効果

 映画の中で一コマだけ映像を入れてみたら、映画館内の売店でポップコーンの売り上げが急激に伸びたというエピソードで名高いサブリミナル効果。

 一瞬の映像がそれほど強烈に記憶に残るとするなら、ぼくらは日常間断なくサブリミナル効果に晒されていることになる。

 脳は一瞬一瞬その全てを記憶し、その蓄積がぼくらの人格を形成していっていると言えなくもないし、多分それは事実なんだろうと、大した根拠もなくそう思う。

 今どきの若者にとっては昔話になってしまうんだろうが、テレビは一家に一台しかなかった時代があった。子どもの自分が歌謡ショーを見たくても、その居間の権力者がドラマを見たいと言えば、一緒にそれを見るか、居間から立ち去るしかない時代があった。

 聞きたい歌があり、それでもレコードを買う小遣いがなければ、テレビかラジオの歌番組をじっと聞き続けて、お気に入りの歌が出てくるまで待つか、それともラジオのそういう番組に投書して「この歌が好きだからかけて!」とリクエストするしかない時代があった。

 あの頃は、自分が見聞きしたい相手に出会えるまで膨大な、自分にとってはカンケーない(と思われる)情報に晒されざるを得なかった。

 時は過ぎ、テレビは一人に一台の時代となった。もう誰にも邪魔されない。音楽が聞きたけりゃ、外を歩いているときですら外界から自分を遮断し、好きな歌だけイヤフォンで聞けるようになった。webは、登録しさえすれば自分の好きなジャンルの曲だけ選んで配信してくれるようになった。パソコンもスマホも、自分の興味ある分野の情報だけ自動的に」選んで配信してくれるようになった。日本のテレビも近い将来同じような配信形式に変わっていくだろう。

 自分がスキと感じる世界だけに浸り続けることができる。随分「自由な」世界になった。

 だが、待て、しばし。それ、ホントに自由なんだろうか。

 その自由って、自分が知っている半径の中だけで選んだ「自由」。未知への遭遇を拒否した「自由」。

 通勤・通学路で毎日出会う、それとは意識できないかすかな景色の変化が蓄積されていくのもサブリミナル=潜在意識への働きかけなら、そんなことかっ飛ばして、今自分が気に入っているだけの事象にひたすら沈潜するのも潜在意識への働きかけ。

 どちらが結果的に多様な人生を送れるのだろう。

 一頁A2(広げたらA1)サイズの新聞紙が衰退しつつある。パソコン配信で見たいニュースだけ読めばいいじゃん、てな考え方が広がりつつあるけど、それ、ちょっとヤバくないか?

 あのサイズの新聞の真骨頂は、自分がさほど興味を持っていない分野にもふと目を落とす機会を与えてくれていると、ぼくは思う。

 雑多な情報なんて、テレビのワイドショーを見ていれば幾らでも入ってくるよと言われれば、まあそれはそうなのだろうけど。

 人の視野は、自分が自覚している以上に狭い。その狭い視野角の中に、無自覚に自分を閉じ込めていくのは、これはこれで意外に心地よいことなのかもしれない。

 ぼくらが住んでいるところからそう遠くない二つの国では、政府がそのタガをはめようとしてうまくいっていないが、異なるジャンルでは、自らそのタガにすり寄っていく人々が大勢いる。

 ジョージ・オーウェルの言う「ビッグ・ブラザー」は、ほくそ笑んでいるだろうなあ。

 

 

 

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