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2015年4月 7日 (火)

 入学式までは――と風神・雷神公が自粛していてくれたのかどうかは定かでないが、桜が満開になってからこっち、さしたる雨風もなし。

 今朝の出勤時、桜並木沿いの道に、夜明けに積もった粉雪かとと見紛うように花弁が降り積もっている。 指に唾を付けてかざしてみてもそれと分からぬほどの風。花びらが時を置いて一枚、また一枚と舞い降りてくる、絶品とも称すべき風景だった。

 ふと思い出したのが、三好達治の「甃(いし)のうへ」

あはれ花びらながれ

をみなごに花びらながれ

をみなごしめやかに語らひあゆみ

うららかの跫音空にながれ

をりふしに瞳をあげて

翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり

み寺の甍みどりにうるほひ

廂廂(ひさしひさし)に

風鐸のすがたしづかなれば

ひとりなる

わが身の影をあゆまする甃のうへ

 甃はあまり見かけない文字で、辞書にはたいてい「石畳」と語釈がある。
 三省堂全訳 漢和辞海 第十二版では、語義:井戸の内壁。また、井戸の内側に貼る瓦。シキガワラ。「井(セイシュウ)」。いしだたみ とあった。

 達治がこの文字を用いたのは、甍(いらか)を連想させたかったのだろうか。

 連用形連用の巧さは、師・萩原朔太郎の影響もあるのだろう。流れゆく時間に巻き込まれた風景を見事に映し出している。

 意味だけを子細に追っていけば、「モテない男の鬱憤を気取って表現しただけの詩やんか」と、まあ身も蓋もなく評せんこともない。

 が、また、軽やかに上から舞い散ってくる花びらと、甃から空へと上っていく足音の交差、若い娘と歴史を重ねた寺の交差、その空間を風鐸を揺らすことなくひそやかに通り過ぎていくのは「時」であろうか。それらが様々に交差する中をひとり歩いて行く。「わが身の影をあゆまする」というのだから、うららかな世間の時空間とは切り離された世界が提示されているのだと読むこともできよう。

 しかし、その「世界」も確固たるものではない。連用形のゆらぎがそれを暗示している。

 

 

 

 

 

 

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