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2016年1月

2016年1月24日 (日)

nexus7 タブレットPC その3 ・・・千夜千冊

 「千夜千冊」というwebサイトがある。

 松岡正剛が、原則として一著者一冊を取り上げながら、その本を巡って考えたことなどをちょっと高踏的な文章で披露しているもので、いわゆる書評とは毛色が異なる。

 興味津々の文章がてんこ盛りな上、文章中にその「千夜千冊」で取り上げられた本のリンクがそこかしこに散りばめられているという仕掛けが嬉しい。菊池寛「真珠夫人」 (1287夜)の一節を例にとれば

 『忠直卿行状記』は大正7年の作品で、歴史に名高い暴君として知られた松平三河守忠直を主人公にした。僅か13歳で越前67万石の大封を継いだ殿様で、 とくに大坂夏の陣において真田幸村の軍勢を蹴散らして大坂城一番乗りをはたしてからは、我儘、奔放、強情、身勝手をほしいままにした。癇癖が強くて、しか もどんな者にも負けたくないという自負でかたまっていた人物である。新井白石(162夜)の『藩翰譜』にもぼろくそに書いてある。

 こんな風にセイゴオが「このことはここでも書いてるからね」とサイト内リンクが張ってあるものだから、ネットサーフィン感覚で次から次へと渡り歩けるという実に優れた構造で、まさにパソコンでなければできない芸当なのだ。

 このサイトに初めて出会ったのはもう十年以上前だったか。
 どの頁にも何かしら触発されるものがあってしばらく拾い読みしていたが、PCで長文を読むという作業を負担に感じ、いつの間にか遠ざかってしまった。「青空文庫」を読むのをやめてしまったのも同じ理由からだった。

 気ままに好きな場所で、好きな姿勢で読めたらなぁ。

 そういう使い方ができるタブレットPCを入手した。

 ただ、ぼくのPCタブレットはWiFi専用で、いつでもどこでもwebに接続できるわけではない。

 そこへ、web記事を自分のPCにそのまま取り込み、オフラインでも閲覧できるというwebブラウザーfirefoxアド・オンの”scrapbook”という存在を知った。

 今見ている頁を取り込むだけなら如何様にでも可能なのだが、こいつはリンク先まで構造ごと取り込んでくれるという優れもの。

 このアドオンの存在を知って真っ先に頭に浮かんだのが、松岡正剛の「千夜千冊」だった。
 リンク構造を保ったまま保存できるなら、それをタブレットPCに移せば良いではないか。

 嬉々として早速全記事を丸ごとダウンロードし始めたが、ちょっと甘く見ていた。記事は千数百本。二時間や三時間では終了しないのである。しかもその結果、何千もの小さなファイルと共に総容量は1.4GBを超えていた。

 更に、リンク構造を保ったまま自分のPCに取り込めるのが最大のウリの筈で、卓上パソコンでは確かに問題ないのだが、これをタブレットPCに移すとどうもうまくいかない。何度もリトライしたが、文書のリンクは働くものの、どうしても画像リンクが切れてしまう。このあたりは自分のパソコンスキルの不足のせいなんだろう。

 トライアルアンドエラーに膨大な時間を費やした挙げ句、まあ文書のリンクが働くならそれでええかと、画像の方は遂にあきらめることにした。

 不完全ながらそれでも時間を費やした甲斐はあった。今手元に千数百冊分の記事があり、折に触れ読んでいる。上述したように記事リンクだけは保てているので、数学の話から茶の湯へ、理論物理学へ、宗教へ、歴史へ、脈絡なく飛び交いながら、人類の残した叡智を松岡正剛の案内で楽しんでいる。

 
 
 
 
 
 

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2016年1月17日 (日)

androidスマホが乗っ取られる危険性

 1月15日付の読売新聞にこんな見出しの報道があった。

「百度」提供のアプリ、スマホ乗っ取られる恐れ

 チェックしてみたら、既に東洋経済が昨年11月に報道していたようだ。見落としていたのは不覚であったが、それはともかく・・・

 大方のスマホ・ユーザーは中国製「百度」のアプリなんて使ったこと無いもんね、と看過してるだろう。「乗っ取られる」ということがどういうことか無関心な向きも多いだろうか。

 本件は、「百度」が提供する開発用キットMoplusにバックドア機能が仕掛けられていたというところに根の深さがある。

 バックドアとは、簡単に言えば、webを通じて他者が自分のデバイス(スマホとかPCとか)を自由に遠隔操作できる設定で、そういう機能を組み込んだアプリはこれまでにも多数存在していた。要するに「悪意を持ったアプリ」である。

 タチの悪いのは、「開発用キット」にそういう機能を潜り込ませていたということ。androidアプリの作成者がこれを使うと、作成者の意図とは無関係にバックドアが勝手に仕掛けられてしまうのだ。

 タイトルに「スマホ」と書いたが、正確にはgoogle OSデバイス全てが対象となる。

 タダだからあれもこれもとアプリをインストールしてるユーザーも多かろうが、その中この悪意ある仕掛けが潜んでいるかもしれない。

 既に一万本以上のアプリにこいつが組み込まれ、一億人以上のユーザーが汚染されているとマイクロトレンドは報じている。

 このmoplusが仕掛けられるとどういうことになるのか。

 facebookでちょっと騒ぎになった「お友達リスト(住所録や電話番号)」が流出する比ではない。マイクロトレンドのレポートによれば

Moplus SDK によって設定された ローカル HTTPサーバでは識別認証が行われないため、アプリ開発者のみならず、誰でも攻撃を開始することが可能になります。コマンドひとつで、攻撃者あるいはサイバー犯罪者は、感染した端末を遠隔から制御できます。

 上記引用では「攻撃」のみの記述となっているが、moplusには監視機能もあるから銀行口座の暗証番号送信も読み取られる恐れがある。

 関心あればwebチェックされたし。

 スマホ=smart phone=賢い電話=要するに携帯パソコン。いろんな操作を指先一本、これ一つで済ませることができるようになったのはご同慶の至りだが、便利なものには落とし穴があることが多い。特に「タダ」のものには、ね。
 だからといって、有料アプリが安全とも言い切れないのが悩ましいところ。

 追記: google OSデバイス(特にスマホ)にはプリインストールのアプリが満載だが、こいつらの挙動は一々チェックしておく方が良い。勝手に外部通信してるアプリも少なからずあるみたい。

 

 

 

 
 

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2016年1月10日 (日)

nexus7 タブレットPC その2

 タブレットPCを導入してはみたものの、当初の導入動機は弟宅でのwebメールチェックだったので、見込み活動は年に数回程度。それでもまあええかと手にしてみた。

 ちょこちょこいじくってみた結果、こいつを電子書籍リーダーとして見立てたのは、我ながらとんでもなく大正解だった。

 一つは、乗り物で移動中に読むべき本が無くなってしまったらどうしようという不安感から解放されたこと。

 この小さな装置に「青空文庫」から適当にピックアップした数々の本が収められている。だから、今読んでいる本を読了してしまったとしても、未だかしら読むものがある。この安心感は実に代え難い。

 最も再読したい山本周五郎の著作権は残念ながら未だ切れていないからタダでは入手できないが、寺田寅彦の随筆は多数ある。でも、漱石を適当に読み返してみるのも良いかな。

 二つ目は、そーゆーことであるから、移動中の荷物の重量が大幅に軽減された。

 活字中毒の不安感は、通勤時には最低二冊、多いときは三~四冊鞄の中に入れることをぼくに強制してた。片道三時間を超える移動時に至っては、五~六冊持っておかないとこれまで安心できずにいた。 文庫本五、六冊ならさして苦にもならない。実際、昔はそうだった。

 でも今のぼくには文庫本の小さな活字は厳しい。いきおい単行本を手にする方が多くなってきている。単行本五冊というのは結構な重量なのだ。(岩波文庫の「大活字本シリーズ」をはいじめて目にしたとき時分、せせら笑ってた自分を羞じる)

 んじゃ、「書籍を読む」という目的が明確ならkindleでもええやんか。

 実はkindleをちゃんと知っているわけでは全くないのでエラそうにも言えないが、kindleは基本的に書籍購入が前提である。翻ってこのPCタブレットは、webで取り込んだ記事も読めるのよね。(ここんところは、また後日)

 第三に、電子書籍は文字の大きさを変えられる。

 フォーマットによっては可読領域を調整できないものもあり、文字を大きくするとフレームからはみ出たりするとちょっと面倒ではあるが、それでも老眼の身にとっては、光量の少ないところで文字を指先一つで拡大できるのはありがたい。

 海外版青空文庫だって、探せば幾らでもある。
 Gutenberg Projectというサイト、主流は勿論英語だが、フランス語やスペイン語、ドイツ語だって並んでいる。(いえ、ドイツ語、スペイン語、フィンランド語を自分で読もうという気は全くございませんが (~_~;)

 そんなことで、このタブレットPCはぼくにとっては救世主。あとはお値段次第かな。
 二万円程度なら、このデバイスは絶対に「買い」。但し、『中華』デバイスはやめといた方が無難でありましょう。

 
 
 
 
 
 
 
 

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2016年1月 4日 (月)

nexus7 タブレットPC

 nexus7を購入したのは昨年6月上旬だった。
 たまに厄介になる弟宅のリビングで自由に使わせてもらっていたPCが使えなくなったので、メールチェックの代替手段が必要になったからだ。

 ちなみにわしガラケー持ち。
 スマホだと老眼には小さな画面で文字を読むのも不自由だし、何より、あの料金では。

 そんなことで、WiFi仕様のタブレットPCを探すことにした。WiFi接続可能な場所でwebにつながればe-mailチェックはできるから、それでええやろ。

 そーゆー経緯でnexus7購入に至ったわけだが、購入後3~4ヶ月の間ほとんど出番はなく、殆ど文鎮化。

 ある日ひょいと気がついた。これ、電子書籍が読める。が、web購入には強い拒否感がある。

 そこでまたふと、青空文庫というものが世の中にはあったということに思いが至った。著作権切れの書籍を黙々と電子化して無償公開している、何とも有り難いサイトである。

 十年近く前に「小町文庫」というビューワで青空文庫の作品をいくつか読んだことがある。ビューワのできばえには満足していたが、PCでの読書は性に合わず、青空文庫との付き合いはそれきりになってしまっていた。

 タブレットで試してみる価値がありそうと、先ず「縦書きビューワ」という無料ソフトを入手したのだが、栄えある閲覧第一作を何にするか。

 実はこれまで吉川英治を読んだことがない。「あの」国民的作家である。長編なら外れは無かろうと物色して選んだのが「鳴門秘帖」。これは「アタリ」だった。

 7インチタブレットは手に持った感触が絶妙に良い。通勤時はおろか、自宅のトイレでは必ず持ち込んだ(わし、「難産」タイプなので)。

 二万円ほどの投資、電子書籍閲覧デバイスとしてだけでも充分元が取れそうだ。


 

 

 

 

 

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2016年1月 3日 (日)

2016年元旦 パリ

 昨日じつに久し振りにログ・インしようとしたらパスワードが咄嗟に出てこず、
 ちょっと (~_~;;×2

 で、これまた久し振りにFR2とFR3を視聴したら、シャンゼリゼの年越しのお祭りが。

_1  ぼくが知ってるパリの新年カウントダウンはエッフェル塔だったんだけど、凱旋門でも以前からやってたんだろうか。

_2
_3
 実はぼくはシャンゼリゼの年越しには一回した行ったことがなく、それもエッフェル塔でのお祭りからの帰り道に寄ってみただけ。
 既に群衆が引き揚げる頃に到着したので、こんな様子を目の当たりにしたことはない。

 その年は緊縮財政とかで道端のイルミネーションはフラフープみたいな珍妙なもので興醒めだったんだけど、昔通りに復活したみたい。

_4
 その頃も機動隊が物々しく警戒していたのだが、これほどではなかった。

_5
_6  当時はまだ機動隊が道を塞ぐような格好で人の流れを遮り、一人ずつ通すような警戒方法で、こんなバリケードなんて無かった。

_7  こんなふうに体を改められてる光景も、自分では見かけたことがない。アラブ人らしき風体ゆえに誰何されたのか。世間の風潮もあるので、この男性も抵抗することなくボディチェックに応じたのだろう。善良な市民にとっては迷惑この上ない話ではある。

_9

 あの広い通りを埋め尽くす人々の中で、「酒盛りだぜい!」と盛り上がる若い連中。
 まあ、この日はréveillon=夜っぴてディナーを楽しもうね(語釈的には”起きていましょう”というお祭りだから、これでええんでしょう。

_10
_11

 概ねフランス中の大都市では似たような光景が繰り広げられているのだろうけど、下は某地方の風景。

_12
 お祭り騒ぎから離れた場所で集まって弁当を開いている。
 「フォワ・グラあるし、シャンパン、寿司もあるよ」とおっちゃんは言った。こういうのもアリかな。パリの大晦日はそれほど寒くなかったと見える。

 三百名以上の死者を出した連続襲撃事件(*)から一ヶ月半での年末年始のお祭り。
 (* ぼくは「テロ」とは言わない。「テロじゃ~!テロじゃ~!」と喚き立てることこそテロ本来の目的である民衆の恐怖心を煽ることになるし、そもそもあれが何の目的だったのか、ぼくは未だに知らないから)

 日本は今「観光立国」を目指しているという。
 フランスへ来る観光客の数は八千万人以上。てことは、フランス国民数六千六百万人を超えている。

 仮に日本が(対国民人口比で)フランスに伍して一億人以上の観光客を集められるようになったとして、あんな襲撃騒ぎや東北大震災みたいな災害が発生したら、観光地や歓楽街はどーするんだろーなー。

 被災者の方々の辛い思いを偲んで・・・と自粛ムードに入るのだろうか。
 それって、ガイジン観光客を置き去りにすることにもなるんだけど。

 死生観や宗教観の違いがある。だから他国人に諂う必要はない。
 けれど、そんな「エンタメ一切自粛」みたいなことになれば来日観光客は当然激減しますわな。それでエエんやって覚悟があるのかな。

 「観光立国」って、その他にも考えにゃならんことがたくさんあるのに、市民生活から遊離した政治家や役人たちにはその辺りの事情がよく分かっていないような気がする。

 ところで、
 上に引用したFR2の画面の下に出てる”REVEILLON LA FETE MALGRE TOUT”は、この場面に即して訳すなら、「お祭だよ、 いろんな(不幸な)こともあったけど」みたいな感じになるかな。 malgré = 「にもかかわらず」、tout= 全て

 1月のCharlie Hebdo 襲撃事件に始まり、この11月の連続襲撃事件に終わったパリは、死のアーチを描いたような一年だった。

 それでも、新しき年は良き年でありますように、そして我々フランス国民は暴力に決して屈しないとのメッセージが、この短いフレーズの語順に込められているように、ぼくには感じられる。

 

 

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2016年1月 1日 (金)

謹賀新年

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