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2016年9月21日 (水)

歩く その4

 大腰筋を使った歩行というのがどういうものかは体得し得ていない。
 が、あれこれ試している内にちょっとだけ「極意」の一端を思い出した。

 臍下丹田に意識を置くのはキホン。その丹田を「気持ちの上だけで」ほんの僅かに前に置く。そうすれば勝手に歩が進むのである。

 理屈は簡単で、背筋は伸ばしたまま体を前傾させてみればよい。特に何も意識しなくても、脛から下が勝手に振り子のように前に出る。
 この体の前傾を意識の上だけで行う。

 振り子のように出た足が着地するので、「あの」<エクササイズ・ウォーキング>のように踵に体重をかけて勢いよくドスンと落ちることはない。爪先はわずかに上向きなので勿論踵から着地するにはするが、全体重が踵に乗る前に時を移さず足の裏全体が着地する。

 ぼくは下駄とか草履で歩くのが苦手だった。江戸時代の履き物って、もの凄く歩きにくかったんだね、草鞋の時代の人々は歩行が著しく困難であったろうなと勝手に同情していた。

 それはどうやら、この歳に至るまでのぼくの勘違いだったようだ。

 鼻緒を足の指で挟んで後ろへ蹴り出して歩こうとするから歩きにくかっただけだ。先に述べたように極々僅かに重心を使うだけで地面を蹴る必要がなくなってしまうことに気付いていなかった。

 この歩き方は、腰から下の足の運動領域が極端に制限されている和服にぴったりだ。 

 蹴り出す力がほぼ不要になるんだから、理屈から言えば、これで歩きは随分楽になる筈・・・

 なのではあるが、何分体に染みこんでいない歩法である。
 常に「意識して」そう歩かねばならない。よって、最初の二、三分は我ながら「これはエエ」と感動しつつも、五分もこの歩行を続けると却ってしんどく感じるのが現時点での実情ではある。

 朝の通勤時に時々この歩法を試してみては、まだまだやなーと溜息をついている。 

 

 

 

 

 

 

 

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