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2017年2月

2017年2月24日 (金)

異邦人 Albert Camus, L’étranger.

 この本、初めて読んだ時即座に厭になったのは、日本語としておよそ了解不能な出だしのせいだった。

きょう、ママンが死んだ。もしかすると、昨日かも知れないが、私には分からない。

って、意味分かる?
 私には分からない

 そんなことで「二度と読まない本」の筆頭がこれだったのだが、まっぺん読んでみっかという気になったのは、ロラン・バルトがその文体に言及しているという一節を内田樹の本の中で目にしたからだった。

 今回原文で読んでみて、冒頭はそういう表現だったのかと胸落ちした。

 Aujourd'hui, maman est morte.

 「今日死んだ」んじゃない。
 まんま英単語で逐次置き換えるなら、” Today, Mom is dead.”。
 mamann=母さんは「既に死んだ状態にある」のだ。

 新潮文庫の翻訳では意味が全く異なる。

 内容を少しだけ先取り補完しながら冒頭部分を解説すれば、こうなろうか。

 母さんはもう死んじゃってるってことを今日知った。亡くなったのがいつなのかなんてぼくが知るわけもない。養老院暮らしの母さんをぼくは長いこと訪問もしなかった。その養老院から電報が来た。明日母さんを埋葬する、と。

 「死んだんは今日かな~?昨日なんかな~、知らんけど」では、読了後この冒頭のフレーズを思い出してぞくりとすることはないだろう。

 初読時、「ママン」という訳語(?)に強い違和感と拒絶感に襲われたのは単に語感のせいだけだったんだけど、その直感は間違っていなかった。

 mamannって、母さん/おかあちゃん/ママ等々フランスではふつーに使われている日常語。

 それを敢えて日本人には馴染みのない「ママン」という、わけの分からんカタカナ表記で提示されれば、ぼくら日本人はこの語句に何かしら特殊な意味が込められているのだろうという勘違いへ誘導されてしまう。それでは第二部で出てくる「父」との対比まで目隠しされてしまうだろう。

 主人公ムルソーは母親をmamann ママ/母さんと甘えて親しく呼ぶのに、たった一度だけ登場する父親へは、パパではなく「父 mon père」とよそよそしい。

 ちなみに、キリスト教の世界では、信徒は司祭や牧師を「父」と呼び、司祭や牧師は教徒を「息子(たち)」と呼び習わす。独房を訪れた司祭が「なぜ私を父と呼ばないのか」とムルソーに問い掛ける場面があるので、そこは分かるだろう。

 第一部は、ムルソーと世間との価値観のズレの描写。「あの人はこう言う。そーかなー、自分はそうは思わない。でもそれならそれでもぼくはかまわないんだけど」みたいな、ムルソーから見た「世間」が淡々と描写される。

 そして「たまたま」知り合ったレモンRaymondとの交流がきっかけで「殺人」に至るわけだが・・・

 ムルソーに殺された男は徹頭徹尾”arabe(アラブ人)”という集合名詞でしか呼ばれず、固有名はついに与えられない。
 物語の舞台は、少数フランス人(カトリック)がイスラム教のアラブ人を支配していた当時のアルジェリア。

 第二部は裁判審理と独房での思索。

 法廷で検事は陪審員に向かい、「この男は母親の通夜の席でコーヒーを飲んでタバコを吸った。埋葬の翌日は喜劇映画を見に行って女と情事に耽った。しかも、母親の年齢さえ知らないのですよ」と、ひたすら外形的なことばかりを滔々と述べ、挙げ句、「こいう奴は社会に害悪を為すのです」と断じる。

 法廷審理の場でムルソーは感じ始める。
 みんなは、ぼくのことが嫌いなんだ。

 審理の最後に裁判長がムルソーに尋ねる。「何か言いたいことはあるかね」
 ムルソーは即座に答えた。
 「あります。ぼくは殺すつもりなんか無かった」
 「ほう、動機については興味がある。言ってみなさい」って、これまでの審理は何だったんだろう。

 ムルソーが「それは太陽のせいだ」と答えると、一同は笑った。

 ここを単に、わけの分からないむちゃくちゃな答弁を一同がバカにして笑った、と昔のぼくは読んでいた。

 「太陽のせい」の詳細は、第一部のラストで、それまでの淡々とした叙述の調子を一変させ、映画のカットバック風に緻密に描写されている。

 海岸で見付けた「アラブ人」の方へ向かって歩きながらムルソーは、ここで引き返さなきゃと思ってた。でも、太陽が背中を押した。そう感じた。岩陰で座っている「アラブ人」の顔は陰になっていて表情が分からない。アラブ人がナイフを抜いた。刃に太陽の光が反射した。シンバルが鳴った。

 (肝心な部分をこんな風に粗雑に要約しちゃいけないんだけど)

 この物語、「太陽」がしつこく登場する。
 光は眩しくその暑さにムルソーはいつも汗を流す。

 死刑囚独房に派遣されてきた司祭は、悔い改めて神の恩寵にすがることをしきりに勧める。信仰の道に入れば、ひょっとすると死刑判決に対する控訴が認められるかもしれない。それが受け入れられず死刑になるとしても、信仰は神の元での新しい命を約束するのだよ、と。

 ムルソーは応じる。放っといてくれないか。ぼくにはもうそんなもの必要ないんだ。明日死ぬのも何十年か後にに死ぬのも、結局死んじまうって意味では同じじゃないか。死はいつだって理屈抜き、予告無しにいきなり到来する。ぼくにはもう残された時間がない。だから、過去を懺悔してる暇なんてない、明日を考えるんだ、と。

 とエラそうに書いてきたが、実は最終部を充分読み切れていない。
 ”tendre indifférence du monde (tender/soft/loving indifference of the people/world/social)”にカミュはどんな意図を込めたのだろう。
この部分、後日考察してみた

    Et moi aussi, je me suis senti prêt à tout revivre. Comme si cette grande colère m'avait purgé du mal, vidé d'espoir, devant cette nuit chargée de signes et d'étoiles, je m'ouvrais pour la première fois à la tendre indifférence du monde. De l'éprouver si pareil à moi, si fraternel enfin, j'ai senti que j'avais été heureux, et que je l'étais encore. Pour que tout soit consommé, pour que je me sente moins seul, il me restait à souhaiter qu'il y ait beaucoup de spectateurs le jour de mon exécution et qu'ils m'accueillent avec des cris de haine.

 タイトル“L’étranger”を「異邦人」としたのは、商業的成功に慶賀申し上げはするが、適訳ではなかろう。

 “étranger”には「同じ共同体に属さない者」という感情が内包されている。
 形容詞”étrange”は「奇妙な」とか「理解できない」という謂。

 だから「よそもの」の方がよほど的確だろう。要するに、「仲間じゃない」ってこと。

 十字架や神の恩寵を主人公ムルソーは拒否する。拒否するが否定してはいない。「ぼくにはもう”ママ”は必要ない」と宣言してるだけだ。

 独房の中で、母さんがいつも繰り返していた言葉を彼は思い出す。
 「人はね結局、何事にも慣れてしまうものなんだよ」

 ムルソーは「慣れる(狎れる)」ことを拒むに至った。
 これに対し、(キリスト教)共同体は、秩序を乱す異分子は排除すべしという決定を下す。

 こう読み進めば、mamann=ママ/母さんが何を意味しているのか見えてくる。
 「ママン」という無思慮極まりないなカタカナ表記が、如何に不適切--と言うより、ぼくら日本人読者を誤読に導く罠でしかないことは明らかだろう。

 「死」への恐怖。
 キリスト教はそこへ「死後の世界」を担保してあげるよと甘言を囁く。フランスの国教であるカトリックの場合は聖母マリアを通じて。

 ママ/母さん」はいつも、「だから心配しないでいいのよ」と優しく包んでくれていた。

 だけどその「優しさ」って、何?

 「母さん」は実は熱心なキリスト教徒ではなかった。だけど、死んだら宗教儀式に則って葬って欲しいと養老院に頼んでいる。
 第一部で出てくるこのエピソードは、形骸化してしまっている「宗教」へのカミュの痛烈な皮肉だろう。

 みんなだってとうに疑い始めてるだろ?死後の世界のことは知らないけど、そのためにいろんな束縛を受けて不自由に生きるより、今生きているその未来を自分で設計・構築して、そこへ向かって生きていく方が先決なんじゃない?

 というのが、本書の主題だろうとぼくは読んでいるのだが、肝心な最終部が不明。

 ついでだけど
 主人公ムルソー Meursault という名、前半のmeursは、mourir=死ぬ の一人称を想起させる。後半のault/saultに合致する語はないが、「ソ」という発音は saut=ジャンプなんだろか。








(以下はぼくのランダムな私的メモの残骸。よそさまには不要。保存場所がないからここに置いておくだけ)

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 カミュの「異邦人」を四十数年ぶりに読んでみた。

 内田樹が「街場の文体論」の中で、ロラン・バルトが「乾いた文体」の理想形のひとつが”L’ÉTRANGER”だと言ったてのを読んでちょっと気を惹かれたから、原文で読んでみよっかなという気になったという、ま、ミーハー感覚だっただけなんだけど。

 初めて読んだのは高校生の時分。ページを開いた冒頭部分の「ママン」という訳語にいきなり激しい嫌悪感を催したことを覚えている。

 手元にその本がないからうろ覚えなのだが、注釈で「ママンてのはフランスの幼児語で、主人公がいい年をしながら甘ったれていることを表している」みたいなのが付いていたように思う。だったら「ママ」と書きゃいいじゃないか(大阪限定editionなら「おかあちゃん」でもええかな)。

 そんなことで、不愉快な気持ちを抱きつつ体力のみで読み進めたものだから、内容はさっぱり理解できなかった。

 理解できなかったのはその不愉快さの故だけではなく、「フランスの植民地アルジェリア」という視点を持っていなかったせいも、ある。

 ブンガクシャが「解釈のポイント」をあーだこうだと賢しらに述べ立てるのをぼくは好まない。一つの作品は独立したものであり、それ自体単体によって意味立たせられないのならば、そりゃ失敗作と言うべきだろう。

 でも、1942年に書かれたこの本を理解するのに、アルジェリアがどういう立場であったかは知っておかないと分かりにくいのではなかろうか。ぼくら日本人にとっては「意識して知らなければならない」ことだけど、本来の読者の対象であるフランス人にとっては「常識」が背景なんだから。

 「植民地支配」はある程度知識で補えるかもしれないが、カトリックとイスラム教の溝というものは、ぼくら日本人にはピンと来ない。(注意を喚起されれば、なるほどね、とは言えるんだが)

 冒頭部分の

Aujourd'hui, maman est morte.

 これを「今日、ママ(ン)が死んだ」という訳は、少しばかりニュアンスが違う。
 単語ごと英語に置き換えれば、”Today, Mammy is dead”であって、"Mammy (has) died"ではない。

 ママが死んだ。今日、養老院から電報が来た。「ゴボドウセイキョ。マイソウハミョウニチ。オクヤミヲ」。文面はそれだけだった。ママが死んだのは今日なのか昨日なのかは、これじゃ分からない。

 とでも訳せば幾分原文に即しているだろう。でも、これじゃインパクトがないってことは認める。

 で、おふくろさん埋葬のために二日間の休暇をムルソーは上司に申し出るが、上司はいい顔をしなかった・・・という下りはさりげなく書かれているが、これ、結構重要部分だと思う。

 養老院でママの死に顔を見るかと促され、「いや、いい」と応え、ママの埋葬の翌日に情事にふけるムルソーを「非人間的」との見方もあるようだが、それは違う。

(ママの遺体がある)養老院は村から2キロ先。徒歩で行った。ぼくはママにすぐ会いたかった。けど、養老院に着くと、まず院長に面会しなければならないと言われ、暫く待たされた。

L'asile est à deux kilomètres du village. J'ai fait le chemin à pied. J'ai voulu voir maman tout de suite. Mais le concierge m'a dit qu'il fallait que je rencontre le directeur. Comme il était occupé, j'ai attendu un peu.

 その養老院の中で小さな会話。

「母上は宗教儀式に則って葬られることを望むといつも周りの人たちに言っておられたように聞いていたので、そのように取りはからいました」と言った彼に、ぼくは謝辞を述べた。
votre mère a, paraît-il, exprimé souvent à ses compagnons le désir d'être enterrée religieusement. J'ai pris sur moi, de faire le nécessaire. Mais je voulais vous en informer. » Je l'ai remercié.

ママは無神論者ではなかったけど、宗教に全く関心を持ってはいなかった。
Maman, sans être athée, n'avait jamais pensé de son vivant à la religion

 この下りは、日本人にも完璧に理解できるハズ。

 通夜の最中ムルソーは十字架を突き付けられ、「これを信じるか」と詰め寄られる。
 否定はせんけど、ぼくにはちょっと、ね、とムルソーは強くかわす。

 この時点で彼は”l'étranger=よそもの、共同体から排除されるべき者”と断定された。

 ママはいつも言っていた。

自分が知らない事象に出会うと、人は過剰に反応する。
On se fait toujours des idées exagérées de ce qu'on ne connaît pas.

 

 主人公、ムルソーに殺された相手は徹頭徹尾”l'Arabe(アラブ人)”としか表現されていないのだ。

 主人公の名、「ムルソー」の綴りは”Meursault”。綴りの前半から直感的に想起されるのは、meurt(死)。 

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    Aujourd'hui, maman est morte. Ou peut-être hier, je ne sais pas. J'ai reçu un télégramme de l'asile : «Mère décédée. Enterrement demain. Sentiments distingués.» Cela ne veut rien dire. C'était peut être hier.

英訳すればこうなるのかな?
    Today, Mom is dead. Or maybe yesterday, I don’t know. I received a telegram from the asylum: "Mother deceased(died). Burial tomorrow. Condolences.” No meaning in it. Maybe it was yesterday.

 第一部、二部それぞれで、ムルソーは「神の恩寵」への信仰を強要され、「拒否」する。「神」を否定する無視論者というわけではない。自分に「神」は無用だと告げているだけだ。
 殺人に対する法廷審理で、被告ムルソーを告発する検察官の弁論の中の「いいですか、この男は自分の母親の年齢さえ知らないんですよ」という下りは、読了後にようやく意味が分かった。
 最たる当事者であるはずのムルソーは、裁判審理の中で置き去りにされる。置き去りにされながらも、彼らのいうこともあながち間違いというわけでもないんだけどと思ったりもする。

 検事の長広舌の後、裁判長が被告ムルソーに尋ねる。何か言いたいことがあるか?
 ムルソーは答えた。「太陽のせいだ」
    Quand le procureur s'est rassis, il y a eu un moment de silence assez long. Moi, j'étais étourdi de chaleur et d'étonnement. Le président a toussé un peu et sur un ton très bas, il m'a demandé si je n'avais rien à ajouter. Je me suis levé et comme j'avais envie de parler, j'ai dit, un peu  au hasard d'ailleurs, que je n'avais pas eu l'intention de tuer l'Arabe. Le président a répondu que c'était une affirmation, que jusqu'ici il saisissait mal mon système de défense et qu'il serait heureux, avant d'entendre mon avocat, de me faire préciser les motifs qui avaient inspiré mon acte. J'ai dit rapidement, en mêlant un peu les mots et en me rendant compte de mon ridicule, que c'était à cause du soleil.

 「太陽」はこの物語の全てを包んでいる。ムルソーはいつもその「暑さ」に責め苛まれ、汗が流れる。
 「太陽」が故に発砲した経緯は第一章の終わりに克明に描かれている。

 そのアラブ(人)を見て、引き返さなきゃと思った。でも、太陽がぼくの背を押した。太陽の熱はぼくの顔を焼いた。睫に汗が溜まっていた。ママを葬ったあの日と同じ太陽だった。その熱は血管を滾らせた。暑さに耐えきれずぼくは歩を進めたそのとき、アラブ(人)は座ったままの姿勢で短剣を抜いた。抜かれた短剣は太陽の光の中にあった。暑さで流れる汗が海の塩と混ざり、ぼくの視界を遮った。太陽がシンバルを打ち鳴らした。

    J'ai pensé que je n'avais qu'un demi-tour à faire et ce serait fini. Mais toute une plage vibrante de soleil se pressait derrière moi. J'ai  fait  quelques  pas  vers  la  source.  L'Arabe  n'a  pas  bougé.  Malgré tout, il était encore assez loin. Peut-être à cause des ombres sur son visage, il avait l'air de rire. J'ai attendu. La brûlure du soleil gagnait mes joues et j'ai senti des gouttes de sueur s'amasser dans mes sourcils.  C'était  le  même  soleil  que  le  jour  où  j'avais  enterré  maman  et, comme alors, le front surtout me faisait mal et toutes ses veines battaient ensemble sous la peau. À cause de cette brûlure que je ne pouvais  plus  supporter,  j'ai  fait  un  mouvement  en  avant.  Je  savais  que c'était stupide, que je ne me débarrasserais pas du soleil en me déplaçant d'un pas. Mais j'ai fait un pas, un seul pas en avant. Et cette fois, sans se soulever, l'Arabe a tiré son couteau qu'il m'a présenté dans le soleil. La lumière a giclé sur l'acier et c'était comme une longue lame étincelante qui m'atteignait au front. Au même instant, la sueur amassée dans mes sourcils a coulé d'un coup sur les paupières et les a recouvertes d'un voile tiède et épais. Mes yeux étaient aveuglés derrière ce rideau de larmes et de sel. Je ne sentais plus que les cymbales du soleil sur mon front et, indistinctement, la glaive éclatant jailli du couteau toujours  en face de moi. Cette épée brûlante rongeait mes cils et fouillait mes yeux douloureux. C'est alors que tout a vacillé.
    La mer a charrié un souffle épais et ardent. Il m'a semblé que le ciel s'ouvrait sur toute son étendue pour laisser pleuvoir du feu.  Tout mon être s'est tendu et j'ai crispé ma main sur le revolver. La gâchette a cédé, j'ai touché le ventre poli de la crosse et c'est là, dans le bruit à la fois sec et assourdissant, que tout a commencé. J'ai secoué la sueur et le soleil. J'ai compris que j'avais détruit l'équilibre du jour, le silence exceptionnel d'une plage où j'avais été heureux. Alors, j'ai tiré encore quatre fois sur un corps inerte où les balles s'enfonçaient sans qu'il y parût. Et c'était comme quatre coups brefs que je frappais sur la porte du malheur. 

 死後の世界での再生を担保することで、キリスト教は一般人民を絶対支配下に置いてきた。それってヘンじゃね?と疑問を呈しようものなら「よそもの」になってしまう。
 死刑を宣告された後、死刑囚独房の中でムルソーは思う。犯した罪への懺悔の言葉もないと裁判で非難されたけど、ぼくには後悔する暇なんかない、明日を考えて生きるんだからと。

 死刑判決に対する上告は棄却された。でも仮に上告が受け入れられたとしても、人は遅かれ早かれ結局死ぬ定めにある。「死」とは、どうあがいても理屈無しに突き付けられるものじゃないか。

 その不安を打ち消すために生まれたのがいわゆる「実存主義」なのだろうが、そこまで語る資格はぼくにはない。

 本書を読む上で見逃しそうなトリビアルなこと。

 主人公ムルソーを包んでいたmaman(ママ)は、実は熱心なカトリックではなかった。なのに、死ぬ間際になって「宗教儀式に則って葬って欲しい」と養老院側に頼んでいる。
 ムルソーは「ママ」がいつも繰り返していた言葉を独房の中で思い出す。「人はね結局、何事にも慣れてしまうものなんだよ」
    C'était d'ailleurs une idée de maman, et elle le répétait souvent, qu'on finissait par s'habituer à tout.
 父親のことが語られるのは一ヶ所だけで、 “mon père(父) ”と書かれている。「パパ」じゃない。その「父」の記憶といえば、は物好きにも断頭処刑見物に行き、後刻吐き気を催したことだけだった。死刑囚独房の中で派遣司祭が「何故あなたはわたしを『父』と呼ばないのか」と問う場面の伏線である。

 広津和郎と中村光夫の間で「異邦人論争」というのがあったらしいのだが、全容を知るに至らない。

 白人とアラブ人、キリスト教(カトリック)とイスラム教という、互いに融合し合うことなどないフランス植民地時代のアルジェリア。この作品の中でアラブ人に固有名詞は与えられず、常に総称としての“arabe(アラブ人)”とだけ記述される。

 母親の死を悼む風にも見えないムルソーだが、彼は80キロの長距離バスから下りて、「早くかあさんに会いたい」からと、養老院まで二時間かけて歩いている。
 なのに、遺体安置室で「おふくろさんの死に顔を見るかい?」と声を掛けられて「いや、いい」と断る。情事の相方マリちゃんから、「ね、私のこと愛してる?」と聞かれ、「多分愛してないと思う」と応えながら、「結婚しようよ」と言われ、「ぼくにはその気はないけど、君が望むんなら、それでもいいよ」と、一般人との感覚の「ズレ」の描写が数々出てくる。
 勤め先で、母親が死んだ二日休暇を欲しいと言ったらボスは不機嫌そうだった。拒否はありえないだろうけど、それでも自分の言い方が悪かったのかなとムルソーはボスの感情を忖度する姿勢を持っている。なのに、別の日にボスから「パリ勤務できるようにしてやろう。どうだい、嬉しいだろう?」と声を掛けられて、「いや、べつに、ぼく、この土地が気に入ってますから」とにべもなく返してしまう。

 その「ズレ」の最たるものが、「神の恩寵を信ずるか」という問いに対する姿勢だった。
 養老院で院長から十字架を突き付けられた時のこの問いへのムルソーの答えは冷淡なものだった。第二部で、有罪が確定し独房に入っているムルソーの元を訪れる司祭が来世を神に祈れとしきりに勧めるのに、彼はとうとう怒ってしまう。

Albert Camus, L’étranger.  (1942)

ラスト
    Et moi aussi, je me suis senti prêt à tout revivre. Comme si cette grande colère m'avait purgé du mal, vidé d'espoir, devant cette nuit chargée de signes et d'étoiles, je m'ouvrais pour la première fois à la tendre indifférence du monde. De l'éprouver si pareil à moi, si fraternel enfin, j'ai senti que j'avais été heureux, et que je l'étais encore. Pour que tout soit consommé, pour que je me sente moins seul, il me restait à souhaiter qu'il y ait beaucoup de spectateurs le jour de mon exécution et qu'ils m'accueillent avec des cris de haine.


pied-noir (wiki https://fr.wikipedia.org/wiki/Pieds-noirs)
Le nom « pieds-noirs » désigne de manière familière les Français originaires d'Algérie et, par extension, les Français de souche européenne installés en Afrique française du Nord jusqu'à l'indépendance, c'est-à-dire :

    jusqu'en mars 1956, pour les protectorats français de Tunisie et du Maroc ;
    jusqu'en juillet 1962 pour l'Algérie française et ceux restés en Algérie après l’indépendance1,2

Définitions de « pied-noir »
Vue de la colonie de La Calle, chef-lieu de la Compagnie royale d'Afrique sur la côte de la Barbarie, 1788.

Deux définitions qui s'opposent de « pied-noir » indiquent assez bien l'imprécision de ce terme.

D'après le Larousse, « pied-noir » (et « pieds-noirs ») est un nom et un adjectif qui signifie

    « Français d'origine européenne installé en Afrique du Nord jusqu'à l'époque de l'indépendance.3 »

D'après le Grand Robert de la langue française, « pied-noir » est un nom masculin, dont le sens moderne, apparu vers 1955, est :

    « Français vivant en Algérie (et considérant l'Algérie française comme sa patrie) ; puis Français originaire d'Algérie. Les pieds-noirs rapatriés - Au féminin Une pied-noir (rare : Une pied-noire)4. »

Le seul groupe commun aux deux définitions est celui des Français d'Algérie descendants d'émigrants européens, et « rapatriés » dans les années 1960.

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