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2017年10月 8日 (日)

小学校の英語教育

 既に英語教育を行っている小学校があると知って驚いたのは普段テレビを見ないぼくだけで、既に周知の事実だったんだろう。

小学校における外国語教育の充実に向けた取組(カリキュラム、教材、指導体制の強化)
小・中・高等学校を通じた英語教育強化事業等 (平成29年度予算額1,438,756千円)
 

 なんだか危ういな、と感じる。

 明治時代に、日本語を廃して国民語を英語にしてしまえと提唱した森有礼という人がいた。
 この主張は単に卑屈な被植民地主義的な思想によるものではなかったろう。当時は、それまでの日本語には存在しなかった西洋の概念が夥しく流入してきていた。これでは西洋列強に伍していくことはできないという強い焦燥感からだったのだろう。今とは事情が違う。

 コトバは道具であると共に、民族の文化そのものでもある。単語一つ一つに民族由来の事象への感性というものがたたみ込まれている。

 まず正しい日本語で正しく思考できるようにしなければ、といいうのは、決して偏狭な国粋主義的考え方ではない。

 英語の早期教育には、世界への発進力を高めるというお題目も付随しているようだが、仮に世界百ヶ国の言葉を自在に操れるようになったとしても、問われるのは常にその内容である。

「英語教育をめぐる議論を活発化させる目的で、文部科学省が省内の幹部会議の一部を英語で行う方針を決めた」と2014/4/30付の日本経済新聞電子版にあった。

 大分古い記事で、今どうなっているのか寡聞にして知らないが、この程度の発想力しか持ち合わせていない人々が国民の基礎学力の行方を決めていることに暗澹たる気持ちとなるのはぼくだけなんだろうか。

 

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