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2018年10月26日 (金)

「超越と実存」 南直裁 (2)

 中国は、インドで様々に注釈された「空」の概念を老荘思想の「道(Tao)」になぞらえて受け入れた。禅もインドの瞑想とは異なった発展を遂げる。僧団が自給自足の生活を始めたのも独自の展開である。

 日本では仏教をどのように受容したのだろう。

 日本はヨーロッパのような絶えざる異民族との軋轢という経験が殆ど無かった。人々は地縁血縁の共同体の中で暮らしていた。その共同体の中で、「ありのまま」に生きていくだけで安心できた。

 「ありのまま」で衆生は既に仏であるとするのが天台本覚思想なのだが、この時代の「ありのまま」は現代的な自由な個人を意味しない。即ち、共同体の規範の中での、という前提がある。

 そこへ持ち込まれた法然の念仏の教えは、個人個人がそれぞれに念仏によって救済されるという思想であり、それは言うなれば、共同体の秩序を破壊する行為でもあった。故に念仏者は迫害された。

 法華経に「常不軽菩薩品」という巻がある。会う人ごとに「あなたは仏になれる」と合掌しながら説く常不軽菩薩が、拝まれた相手その人から「いい加減なことを言うな!」と罵りと打擲(ちょうちゃく)を受ける。それでも常不軽菩薩はこの行為をやめない。
 ぼくには長らく不可解だったこの巻の意味するところがこの下りでやっと分かった。歴史的枠組みの中で見なければいけなかったんですね。

 法然は阿弥陀の本願を信じて念仏せよ、それで極楽往生ができると説いた。
 弟子、親鸞は悩んだ。念仏が極楽往生への切符というのであれば、それは結局念仏という努力と極楽往生という成果の取引ではないのか、それでは阿弥陀如来の本願の力を疑うことになりはしないか、と。

「超越と実存」 南直裁 (1)

超越と実存」 南直裁 (3)

「超越と実存」 南直裁 (4)

「『正法眼蔵』を読む 存在するとはどういうことか」 南 直哉

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