Paris

2016年6月 5日 (日)

セーヌ川水位急上昇

 五月末から続いた豪雨でセーヌ川の水位が急上昇し、Île-de-France圏のあちこちが洪水に見舞われたが、ようやく水位上昇のピークは超えたようだ。

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 今回の最高水位は6m十数センチだったが、1910年には8mを超えたことがあるという。(下の水位画像はFR2が加工したもの)

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 パリの中心部では大した被害はないようだが、勿論川縁の道路は水没してる。

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 下の画像右下は、RER(郊外高速鉄道)C線の換気口を塞いでいるところ。船が通ると波が侵入してくる恐れがあるからとのこと。(でも多分普通の船は橋の下をくぐれないので通行できないと思うんだが)

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 週末はルーブル美術館、オルセー美術館は急遽閉館。万一に備え、階下の美術品を急遽高い階に移す作業が行われた。こういう危機管理はしっかりしているんですね。流石です。

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 セーヌ川やマルヌ川の上流には、パリを水害から守るための貯水池が四箇所ある。

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 ところがその四つともほぼ満杯になってしまった。

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 特に一番南側の貯水池はこれ以上溜めることができず、放水を余儀なくされた。そのため、パリ南部の幾つかの地域で冠水が。

Villeneuvesaintgeorges

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 床上浸水で家具や家電類が水浸しで、地下倉庫は当然完全水没。洋服屋の店主は「地下の在庫すべてが使い物にならなくなった」と嘆いていた。

 Île-de-France地方への脅威はピークを過ぎたが、セーヌ下流の北部地方はこれからだそうだ。

 セーヌを北に下るにつれ川幅は広くなっていくから水位の上昇は緩やかなものになるだろうが、水面と土地の高さがそれほど違わない場所が沢山ある。既に畑の水没が始まっている。農業や牧畜業に大きな被害が出ることになるだろう。

 この洪水による被害総額は、少なくとも6億ユーロ、場合によっては20億ユーロ(二千億円)に達すると見られる。

 Île-de-France圏は何故か災害が少ない地域なのだが、たまにはこういうこともある。

 鉄道も駅が閉鎖されたりして運行が混乱している。フランス人は普段からスト慣れしているので大した問題ではないだろうが、観光客は困っているだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

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2016年1月 3日 (日)

2016年元旦 パリ

 昨日じつに久し振りにログ・インしようとしたらパスワードが咄嗟に出てこず、
 ちょっと (~_~;;×2

 で、これまた久し振りにFR2とFR3を視聴したら、シャンゼリゼの年越しのお祭りが。

_1  ぼくが知ってるパリの新年カウントダウンはエッフェル塔だったんだけど、凱旋門でも以前からやってたんだろうか。

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 実はぼくはシャンゼリゼの年越しには一回した行ったことがなく、それもエッフェル塔でのお祭りからの帰り道に寄ってみただけ。
 既に群衆が引き揚げる頃に到着したので、こんな様子を目の当たりにしたことはない。

 その年は緊縮財政とかで道端のイルミネーションはフラフープみたいな珍妙なもので興醒めだったんだけど、昔通りに復活したみたい。

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 その頃も機動隊が物々しく警戒していたのだが、これほどではなかった。

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_6  当時はまだ機動隊が道を塞ぐような格好で人の流れを遮り、一人ずつ通すような警戒方法で、こんなバリケードなんて無かった。

_7  こんなふうに体を改められてる光景も、自分では見かけたことがない。アラブ人らしき風体ゆえに誰何されたのか。世間の風潮もあるので、この男性も抵抗することなくボディチェックに応じたのだろう。善良な市民にとっては迷惑この上ない話ではある。

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 あの広い通りを埋め尽くす人々の中で、「酒盛りだぜい!」と盛り上がる若い連中。
 まあ、この日はréveillon=夜っぴてディナーを楽しもうね(語釈的には”起きていましょう”というお祭りだから、これでええんでしょう。

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 概ねフランス中の大都市では似たような光景が繰り広げられているのだろうけど、下は某地方の風景。

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 お祭り騒ぎから離れた場所で集まって弁当を開いている。
 「フォワ・グラあるし、シャンパン、寿司もあるよ」とおっちゃんは言った。こういうのもアリかな。パリの大晦日はそれほど寒くなかったと見える。

 三百名以上の死者を出した連続襲撃事件(*)から一ヶ月半での年末年始のお祭り。
 (* ぼくは「テロ」とは言わない。「テロじゃ~!テロじゃ~!」と喚き立てることこそテロ本来の目的である民衆の恐怖心を煽ることになるし、そもそもあれが何の目的だったのか、ぼくは未だに知らないから)

 日本は今「観光立国」を目指しているという。
 フランスへ来る観光客の数は八千万人以上。てことは、フランス国民数六千六百万人を超えている。

 仮に日本が(対国民人口比で)フランスに伍して一億人以上の観光客を集められるようになったとして、あんな襲撃騒ぎや東北大震災みたいな災害が発生したら、観光地や歓楽街はどーするんだろーなー。

 被災者の方々の辛い思いを偲んで・・・と自粛ムードに入るのだろうか。
 それって、ガイジン観光客を置き去りにすることにもなるんだけど。

 死生観や宗教観の違いがある。だから他国人に諂う必要はない。
 けれど、そんな「エンタメ一切自粛」みたいなことになれば来日観光客は当然激減しますわな。それでエエんやって覚悟があるのかな。

 「観光立国」って、その他にも考えにゃならんことがたくさんあるのに、市民生活から遊離した政治家や役人たちにはその辺りの事情がよく分かっていないような気がする。

 ところで、
 上に引用したFR2の画面の下に出てる”REVEILLON LA FETE MALGRE TOUT”は、この場面に即して訳すなら、「お祭だよ、 いろんな(不幸な)こともあったけど」みたいな感じになるかな。 malgré = 「にもかかわらず」、tout= 全て

 1月のCharlie Hebdo 襲撃事件に始まり、この11月の連続襲撃事件に終わったパリは、死のアーチを描いたような一年だった。

 それでも、新しき年は良き年でありますように、そして我々フランス国民は暴力に決して屈しないとのメッセージが、この短いフレーズの語順に込められているように、ぼくには感じられる。

 

 

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2015年5月22日 (金)

エッフェル塔,、本日開門せず

 久しぶりのフランス・ネタ。

  エッフェル塔の係員たちが「職場待避」を決行した。5月22日、オープンを待って並んでいた観光客たちにゲートは開かれなかった。
(Le Point - Publié le  22/05/2015 http://www.lepoint.fr/societe/la-tour-eiffel-fermee-pour-cause-d-un-droit-de-retrait-des-salaries-22-05-2015-1930382_23.php

 (「職場待避」とこなれない日本語は「droit de retrait」のぼくの訳語。正しく呼応する法律用語があるのかどうか知らないが、「職場、職務に危険を感じた場合、そこから離脱する権利」のことで、一般に言うストライキとはちょっと異なる)

 エッフェル塔は言わずと知れたパリの観光名所のひとつで、2014年には700万人が訪れ、75%が外国人観光客。

 その観光客を狙う大量のスリ連中は、4~5人あるいはもっと大勢でチームを組みカモを狙う。主なターゲットはアジア人。(原文にはそう書いてあるけど、たいてい日本人なのではなかろうか)

 職員の方ではそういう不届き者を見付けるとつまみ出そうとするのだが、「おめー、何でオレたちの仕事の邪魔をする?これ以上邪魔するんなら、困ったことになるぜ」と逆恨みの脅迫を受けるのだそうだ。

  「身の危険を感じる、経営者は有効且つ断固たる手立てを売って欲しい」と訴えるのが今回の「職場待避」の目的であった。しかーし、経営陣は注意を喚起する程度でお茶を濁したい意向で、話し合いは進展していない。

 エッフェル塔には三十年ほど前に一度行ったことがあるきりでよく覚えていないが、いずれにせよ観光客は眺望に目を奪われているのだから、置き引きやスリなんて簡単だろう。

 この夏パリ市では、26000人の警官を動員して観光客を物取りから守る準備をしているという。数だけ見れば随分多いけど、パリの観光スポットなんて何十もあるからね。

 と、上に書いたエッフェル塔のスリ連中だが、一味の中には身なりの良い女性もいるとのこと。最早見た目だけでは判断できんから、周囲は全部泥棒だと思ってパリ観光をするのが吉でありましょう。

 

 

 

 

 

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2014年8月 8日 (金)

パリに住んでてイラッときたこと

 何の脈絡もなく、ふと思い出したんだけど・・・

 パリに住んでると日常不愉快な目にはちょいちょい出会うのだが、さすがに二度目の滞在となるとそういうものには早々に不感症になってしまっていた。

 それでも最後までいらついていたことが一つある。

 電子レンジ用の食材パックや牛乳、ジュースなどの紙パックの開封しにくいこと。

 日本で売られている食材の袋にはたいてい切れ目が入っていて、簡単・きれい・手間いらずに裂くことができるようになっている。

 パリのスーパーで売られている食材の袋にもギザギザの山形が一応ついているものもあるが、こいつ、みてくれだけ。素手ではうまく切れてくれない。袋の材質が分厚いせいなんだろう。力任せに引っ張ると変な方向に破れたりする。(冷凍食品の袋は比較的楽だった。お菓子の類は買ったことないからよく分からない)

 紙パック飲料類の注ぎ口も、よほど気をつけて丁寧に引っ張らないと、きれいに剥がれてくれない。

 ということで、袋物食材の開封には最後の最後までイライラし通しだった。

 素手でスパッと開封できる袋というのは決して世界標準ではなかったのだと、ホームシックとは無縁のぼくだったが、そういう時ばかりは故国を懐かしむ心が湧き起こったものである。

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2013年10月16日 (水)

パリのメトロの音楽家たち

 パリの地下通路では、あちこちで音楽が聞こえる。(手品やってるのは見たことがないけど、あるんかなー)

 三十年前はどうだったのか知らないが、今では誰でも勝手に演奏できるというわけではない。オーディションで認められたものに限られてるのだよと聞いたことはあるが、実態がどうなのかは知らなかった。

 そういうぼくにFR2のルポ。

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 こんな光景をあちこちで見かける。三十年前の地下鉄連絡歩道は薄暗くて臭くて気味が悪かったのだが、今は明るく清潔なところが多い。

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 殆どの通行人は足早に通り過ぎるだけだが、ファンを持っている演奏家もいるんだろうか。

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 ゆーても、大抵こんなもんだけど。

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 RATP管轄地下道で演奏するには許可を得ねばならない。

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 その許可証を得るためのオーディションは年に二度開かれる。許可証の有効期限については、番組では触れていなかった。

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 審査員が演奏をチェック。

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 オーディションと言うても、それほどたいしたもんじゃなさそうだ。それでもこのお陰で、昔みたいにギター持ってがなり立ててる奴らが消えたのはありがたい。とてもスマートなやり方だ。日本でも真似すりゃいいのに。

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 ソロが圧倒的に多いのだが、人目を引くのはやっぱり厚めの音を出す楽団。

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 演奏が許可される場所は三百ヶ所ほど。ミッシェル・ポルナレフも地下道ミュージシャンの出だとか。他にも何人か名前が挙がったが、知らん人々だった。ゆーても、わし、フランスでは超々スーパースターのジョニー・アリデイも知らんかったんやから。

 東京のことはよく知らないが、大阪の地下道なんて無愛想な長い通路がいくらでもある。ご用とお急ぎでない方はいくらでもいるんだから、ちょっと耳を傾けてみるかてな演奏ができる連中を配置するのは、悪くない。

 演奏家にとっては過酷だろうね。大半の人々は黙って通り過ぎる。それを何とか振り向かせる演奏をせにゃならん。

 自分では少々デキるつもりでいたのに、連日誰も足を停めてくれなくて自信喪失に陥ってしまう連中もいるだろう。

 こういう「発表の場」は今ではYoutubeが受け持つようになってきてるんだろう。その方が効率はいいかもしれない。でも、ぼくはリアル世界の方が、やっぱ、いい。

 その昔、日本のコメディアンはストリップ劇場で腕を磨いたという。踊り子さんの入れ替えの間にコントを演るのである。オンナのハダカが目的で来ているおっさん連中の耳目をどうやって自分の芸に惹き付けるか。そうやって大衆受けする芸を必死で模索してきた。

 そういう、大衆とタイマン張っての下積みを重ねてきた芸人は、きっと長持ちするんじゃないかと思う。















 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2013年4月28日 (日)

セーヌ川に浮かぶ会議室

 以前、パリの水上生活 pénicheをご紹介した。 

 岸に係留されている船は生活者だけのものではなく、中にはそんな快適空間を貸し出しているものもある。

 そんな場に招かれたことがあったので、ほんのちょっとだけご紹介。

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 岸辺に降りると船が待っている。 

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 レセプションの用意が岸壁から見える。

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 船に乗り込む時は、やっぱ、ちょっとワクワク。   

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 ちょいと分かりにくいだろうけど、向こう側がレセプションの場。

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 こういう非日常的な場でちょっとした会議を行うというのも、遊び心があっていいなあと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2013年1月21日 (月)

雪のパリ

 先週末、日曜にはパリで10cmの積雪だったとか。

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 お馴染みの場所。

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 そーゆー場所で、こんなことするヤツがいるから、フランス人って面白いと思う。

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 ぼくも退勤時にもっとひどい大雪で散々な目にあったことがある。何せ路上で延々の大渋滞、立ち往生。パリ市内の雪景色を愛でる心の余裕はなかった。

 色の白いは七難隠すと言うが、大雪は七難を生み出す元でもある。

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 こんなのは序の口で、大型トレーラーも制御を失い各地で転倒。雪で電線を断ち切られた地方もある。

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 この家はアウトドア派だったらしく、湯は沸かせたようだ。

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 他人様の無様を笑う気はないが、若い兄ちゃん、こんなことは初めてだよとインタビューに答えた直後、ツルリツルリと二回も立て続けに滑った。それほど路面は鏡面状に凍結している。

 交通機関も混乱している。

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 今の時期は学校の試験の真っ最中。大学生だと遠方から通う人も沢山いる。北部地域では、月曜はスクールバス運休と決めたらしい。

 この時期にパリ観光に訪れた人々はどうしているだろう。

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 時間に余裕があるなら、こんな雪景色をたっぷりと堪能できただろうが。

 

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2013年1月 4日 (金)

年越しのパリ

 ゆーても、ぼくはもうパリにいるわけではなく、TVニュースの焼き直しですけど…

 年越しには、エッフェル塔の下にはパリの住人が詰めかけるけど、観光客が押し寄せるのは何と言ってもシャンゼリゼ通り。

 車は一切閉め出され、歩行者天国となり、こんな風にシャンパン飲んで祝ってはるんですな。

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 さすがにテレビではラッパ飲みの場面は放映せんな。このおねえちゃんもカメラ目線だし。

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 後ろの方で傘さしてるの、分かる?小雨程度はものともせずダンディに決めるのがパリジャン…と思ったら、右手のにいちゃんはアメリカ人かイギリス人か、「フランスのワイン飲んでお祝いだ」と言ってた。

 こんな映像も毎年、お約束。

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 ところが無粋なことに、やっぱりジャンダルムがいるらしい。

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 インタビューに答えがおばちゃんが、「ひどいのよー、あの人達、『道で酒飲んじゃいかん!』って、瓶を取り上げて捨てたのよー」とぼやいてた。
 へ?奴らそんなことしてんの?なんかの間違いじゃないかいな。

 革命記念日と大晦日の夜には決まってあちこちで車が燃やされると昔書いたことがあるが、その伝統は健在らしい。

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 パリ圏だけで1193台が焼き討ちにあった。焼き討ちと言っても、以前書いたように、火を付けたのが赤の他人なのか持ち主本人なのか。

 年越しのカウントダウンの後には、フランスだけでなく各国で花火が上がる。

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 一番下の花火は、アブダビだそうな。

 勿論フランスのあちこちでも、若者達がぱんぱん花火を上げるのだが

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 ストラスブールで20歳の男性が、暴発した花火に顔を焼かれ死亡した。

 火遊びは、危険なのである。

 だからといって、水温8℃の海に入らんでも…

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 一番下の画像は、オランダ。

 三十年前、オランダの隣、ベルギーのオステンドという町の海岸で、些か太陽が顔を出したとは言え二月の強い風が吹く中、子供が二人素っ裸で浜辺を走っていた光景を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

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2012年11月10日 (土)

パリの銭湯 Bains-douches municipaux

 パリには公共銭湯が幾つかある。
 「銭湯」と書いたが、無料なので正しくは「無銭湯」と言うべきか。

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 その無銭湯、ロッカールームみたいに扉が並び、中でシャワーを浴びる。

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 利用者の中には大きなバッグを持ってくる人もいるという。バッグの中には身の回りのもの一切が入っている。いわゆるホームレスである。

 学生も来る。賃貸料の安い屋根裏部屋にはシャワーの設備が無いところが多いからである。

 お金に不自由している人々ばかりではない。人品賤しからぬ人々も訪れる。このおじさんはずっとこの浴場に通っているという。風呂のないアパートに住み続けているから。

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 定期的に訪れていれば顔なじみもできる。

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 こういった公衆浴場がローマ時代からの流れをくむものなのかどうかは知らないが、今のような形で整備され始めたのは19世紀の終わり頃から。

 オスマンによるパリ大改造が行われたとは言え、水道設備のないアパートが未だ大多数だったのだろう。公衆衛生のために浴場が整備された。

 逆に言えば、江戸時代の末期までパリの一般住民、少なくとも下層階級は、風呂に入るという習慣を持ち合わせていなかったことになる。

 ゴミは全て道路に放り投げ捨てられ、その残飯処理のために豚が放し飼いにされていた当時の街角の光景を想像すれば、風呂を云々する以前の衛生状態だったことがうかがえよう。

 蛮族でしかなかったガリア(ゴール)人はローマに征服されることにより文明を知ったのだが、その光はごく一部の特権階級にのみ降り注ぎ、大衆はほとんど蛮族のまま置き去りにされていた。

 って、単なる風呂の話なのに大風呂敷を広げてもいかんな。
 頓首。

 尚、Bains-douches と銘打たれているが、湯船(bain)はない。

 

 

 

 

 

 

 

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2012年10月26日 (金)

ジプシー スリ

 パリ周辺地域でジプシーの子供を中心とした窃盗団の首謀者が五、六人逮捕されたというニュースを見たのは一ヶ月ほど前だったろうか。

 そういう集団の存在は四半世紀以上前から聞いていて、今まで何してたんだろうとも思わぬでもないが、けーさつも他にやることは一杯ある。狙われるのはどうせ観光客なんだから、ね。

 それら首謀者の内の一人がルーマニアに構えている家。

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 隣人はどういう人かとインタビューされたオバハンは、「さーねー、いっつも留守にしてるよ」と言ってた。

 スリと言えばなんだか特殊な場面だけを思い浮かべるかもしれないけど、

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 むしろこんな単純な手口の方が多い。

 こんなターゲットなんて、掃いて捨てるほどいるもんなー。 

 ご用心。 

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